銀行が「OK」と言っても安心するな

もう亡くなられたコンサルタントのT氏は、一倉先生よりも少し若い、大変有能な実務派のコンサルタントだったが、この方から教えていただいた教訓がある。

「資金はものすごく大事にしろ」というのだ。私はT先生に、「それはどういう意味ですか」と尋ねると、「資金は極めて臆病な存在なんだ。担当者がOK、OKと言っても、自分の口座に入金され、使える状態になるまでは、絶対に気を抜いてはいけないものだ。他人がどんなことを話そうが、自分が自由に使えるようになるまで、私は絶対に信じない」と説明してくれた。「銀行からOKと言われて安心し、油断した社長が悪いのだ」と、一倉先生と同じような話をされていた。

その説明を受けた時に、私もまさかと思った。しかし、目の前で現実に起こると、腹が立つという気持ちなどではなく、これが現実なのかという厳しさに圧倒された。

確かに銀行の立場からすれば、返済の可能性が極めて低い場合、貸し倒れ覚悟で融資に応じるわけにはいかない。担当行員がどんなに必死に本部を説得しても、どうすることもできない。

「社員の生活を守る」のが日本の社長だ

日本の社長はある意味で、とても優しい。今回のコロナ騒動だが、欧米、イタリアにしても、フランスにしても、アメリカにしても、社長が店舗をすべて閉店と決断した時点で、多くの社長は社員たちを瞬時にレイオフしているはずである。

アメリカの失業保険の申請数は、3月中旬からの5週間で2600万件を突破した(4月23日時点)。この数字を見る限りそう思える。この記事が出るころにはもっともっと件数は増えているはずである。既に、将来のアメリカの失業率は15%以上との予想まで出しているシンクタンクもあるのだから。

欧米の社長たちはこうして会社を持ちこたえさせようとするが、これと同じことを日本の社長はできるだろうか。レイオフの決断を、日本の多くの社長はなかなかできない。

既にインバウンド関連の事業をはじめ、当面の回復が見込めないためにやむにやまれず雇用に手をつけ始めている地域や会社もあり、ハローワークも対応に四苦八苦しているが、欧米の比ではない。

日本の社長たちができることは、社員たちの生活を守るために、資金の手当てをし、経費を削り、満額は無理でも給料を支払うことである。支払う努力が重要である。

そうしないと、営業再開をしたくてもその時に誰もいなくなってしまうからである。会社が成り立たなくなる可能性が高い。だから、日本の社長には手元にお金が必要なのである。

社長は楽観論とか悲観論の次元を超えて、万が一の時を考えて資金の手当てをするのである。