トゥレット症候群をもつ裏方の六田さん
「グラスの向こうに、お客さんの笑顔が見えるんです」
六田宏さん(35)は、一つ一つのグラスを布巾で丹念に磨きながら、真剣な眼差しで語り始めた。
「高いお金を払って来てもらうのだから、グラスには指紋一つ残せません。裏方の仕事は気を抜くと、すぐに表に出てしまいますから」
2002年の立ち上げから、ずっとほのぼの屋を守り続けている、裏方の要とも言える人物だ。
生まれも育ちも舞鶴という六田は、14歳の時にトゥレット症候群を発症。トゥレット症候群とはチック症が慢性化・重症化したものを指す。目をパチパチ動かしたり、大声を発するなどのチック症が慢性的に続くと、トゥレット症候群と呼ばれるのだ。神経の発達症に含まれ、強迫性障害や多動性障害などを併存する人もいる難病である。彼もまたその症状に悩み、高校を中退。そのまま、自宅に引きこもる時期が続き、18歳で京都の病院に入院した。薬を飲んでも良くならず、苦しい日々の連続だったという。
精神障がい者には、精神的・身体的な不調の波が続き、地域保健所などが開くデイケア施設に通う人も多い。服薬だけでなく、ケースワーカーへの相談という二本立ての診療で、精神的不安と向き合うのだ。そうして、一日を通して仕事に参加できる体力と安定性を身につけ、就労へとステップアップしていく。
食器の整理、アイロンがけに店内清掃と大忙し
六田自身も、精神医療に関する基幹施設でもあった舞鶴医療センターの精神科が開設したデイケア施設に通所していた。そこで「レストラン開業、スタッフ募集」という張り紙を見て、ほのぼの屋の存在を知る。その出会いを、「土日も営業すると書いてあったけど、正直、こんな働くとは思ってなかったです」と、笑いながら振り返る。
実際問題、働きだした途端に嵐のような生活に突入した。ランチスタートは11時半でも、並んでいる客は13時半にようやく店に入れるかどうかだったと言う。
「その時は、どうやったら機嫌よくお客さんに帰ってもらえるかばかり考えていました。今は逆にどうやったら機嫌よく来てもらえるかを考えてます」
主な仕事は、バックヤードも含む裏方作業全般だ。グラスや食器の整理、制服やクロスのアイロンがけ、店内清掃、予約客のテーブルスタンバイ、時にパーティの余興準備も行う。中でもグラスは、全て手作業で磨きあげ、一つ一つ、明かりにかざして曇りがないかを全ての角度から確認する。
「自分の仕事は裏方で、直接は見えないかもしれないけれど、制服のアイロンがけでも、シワがあれば、それはお客さんに見えてしまう。そういう事を意識するようになってから、やりがいが強くなっています」