「生まれて初めて自分の仕事に誇りが持てている」

そして、オープンから1年が過ぎようとしていたある夜……嵐のような毎日で精根尽き果てる中、知的障害を抱えるスタッフが、ふとこう呟いた。

「今まで色んな仕事をしてきたけど、生まれて初めて自分の仕事に誇りが持てている」

その言葉を聞き、西澤は喜びと共に悔しさも滲んだという。

「ほのぼの屋を作って来て、一緒に働いて来て本当に良かったと思えた言葉でもあったのですが、同時にそれは、今までしてきた仕事は誇りが持ててなかった事を意味するのだとも気付いたのです。じゃあ、それまで誇りが持てなかった要因は、何だったのだろうかと……。給料も今と変わらないくらいの額を払っていた。毎日、楽しそうに仕事をしていたようにも感じていたのですが」

彼らの中で違っていたのは「働いている」と「働かされている」という、似て非なる感覚だった。

職員である西澤は、障害のある人の働く環境を支えるのが自分達の仕事だと思っていたが、開業以来忙殺される日々に、彼らに対し最低限の配慮しかできなかった。

しかし、それが得てして良い結果をもたらした。

援助が行き届かないがゆえに、彼らは自分達で考える事を始めたのだ。

「指示がないけど、今、何をしたらいいのだろう?」、作業が終われば、「次に何をすべきなのだろう?」と、それぞれのペースでできる事を突き詰めるうちに、彼ら自身が主体的労働者へと変わっていったのだった。

「怒られないように」から「お客様の笑顔が見たい」へ

一番近くで見続けて来た西澤は、その変化をこう分析する。

「よくよく振り返ってみると、今まで彼らに提供していた仕事は、彼らにとっては、させられている仕事、あてがわれている仕事だったのかも知れません。それが、ほのぼの屋で働き出して、誇りが持てる主体的な労働へと変化したのだと思います」

やがて「ミスをしない」「そつなく仕事をする」「怒られないようにする」という思考ではなく、「お客様に喜んでもらいたい」「お客様の笑顔が見たい」と、自分たちが感じる仕事の意味さえも見出していった。そして気がつけば、誰しもがなくてはならぬ戦力、つまり労働力へと昇華していったのだ。

これは、障害の有無にかかわらず、働き始めた頃に誰もが触れる大切な感情である。悠揚として迫らざる障がい者は、仕事を覚えることに加えて、そういった自己認識を抱くのにも、少し時間がかかるのかもしれない。しかし丁寧にゆっくりと働き、学んでいけば、いつかは誰でも、必ずそうした思いが芽生えるのではないだろうか。

『働』という文字は国字、つまり日本で作られた文字である。「人」と「動」が組み合わさってできた言葉は、「人の為に動くこと」、それこそが「働くこと」であると示しているように感じる。人間は一人では生きられない。人の為に動く事で周りに役立つ幸せを感じてこそ、明日も頑張れる。そんな「働く意味」を提示しているのだと身につまされる。