政府よりも東京都が正しいという意見が圧倒的に多い

それにしても新型コロナウイルスの対応を巡って安倍政権の迷走はすさまじい。緊急事態宣言を巡っては、東京都や医師会側から早く宣言を出すように要望を受けながら逡巡。宣言は4月7日に出したが、各種世論調査では国民の過半数が「遅かった」と評価している。

それだけではない。宣言を出した際、一部の施設や店舗に対し休業要請を即時に行おうとしていた東京都に対し、政府は2週間程度、外出自粛の効果を見極めてからにすべきだとストップをかけた。

しかし東京都だけでなく全国で感染者増の勢いは止まらなかった。安倍氏は、16日に緊急事態宣言の対象を全国に拡大した。「たら」「れば」は禁物だが、この件に関しては政府よりも東京都の主張が正しかったという意見が圧倒的に多い。

結果として制度自体見送りになった「30万円」の給付基準についても揺れた。

創設される臨時交付金の使い道については、政府は当初、休業要請に応じた事業者への協力金に充てることは否定的立場だった。これも19日になって容認に転じている。

「空振り三振は許されるが、見逃し三振は許されない」

もはや旧聞に属する話だが、コロナ対応の初期には2月25日に策定した政府の基本方針では全国一律のイベント要請を求めなかったのに、翌26日には全国的イベントの中止、延期を要請。さらに翌日の27日には全国の小中高校などに休校要請を行っている。まさにぶれまくっている。

これだけの事態だけに、ある程度方針が揺れることは責められないだろう。ただし、安倍政権の対応は、1つの傾向が見いだせる。いずれの場合も、最初の対策は控えめで、それでは不十分だと分かったときに追加策を発表するということだ。

危機管理対応の鉄則として「空振り三振は許されるが、見逃し三振は許されない」というものがある。目の前の危機について、最初に大規模な対策をとる必要があるということだ。結果として過剰な対応(空振り)だったとしても、それは許されるが、不十分な対応(見逃し)は致命傷になりかねない。