保育園ではこまめに「呼吸チェック」をしている
次に、子どもたちが長い時間を過ごす場所には、安全を守るためのルールが必要です。そのため、未就学児が通う保育施設では「子ども・子育て支援法」「児童福祉法」など、さまざまな法律が適用されています。
たとえば、保育園では昼寝の時間に「定期的に子どもの呼吸・体位、睡眠状態を点検すること等により、呼吸停止等の異常が発生した場合の早期発見、重大事故の予防のための工夫をする」という事故防止ガイドラインがあります。睡眠中、特にうつぶせ寝のときに突然赤ちゃんが死亡する乳幼児突然死症候群(SIDS/シッズ)という病気があることがわかっているためです。
私が園医を務めている区立保育園では、子どもたちがどの向きで寝ていても、5分ごとに呼吸状態を確かめています。子連れ出勤をした場合、そもそも昼寝をさせられるかどうかも不明ですが、さらに呼吸チェックまでしながら働ける職場はまずありません。
また、子どもは保育園でたくさん遊ぶものです。保育施設では子ども1人に対してのスペースが定められていますが、職場に連れていくとなるとその確保はむずかしいでしょう。月齢に合わせて体を使った遊びができるような備えもなく、自由に動きまわれるスペースもなく、誰かが外遊びや散歩に連れ出すこともできません。
さらに、通勤時の安全性はどうでしょう。都市部の場合、子ども連れで長時間、満員電車に揺られたり、人であふれる駅のホームや階段を歩いたりといったことを日常的にするのはとても大変です。危険も多いので、保護者は気が気ではないでしょう。
子どもの身になって考えられた方法ではない
それに、小さい子はすぐに風邪をひきます。具合が悪いときに寝たり休んだりするのに適していない場所で過ごさせるのはかわいそうですし、保護者にとっても仕事をしながら子どもの微妙な体調の変化にも気を配るというのは至難の業です。
「預ける先がないなら職場に連れていけばいい」と言うのはとても簡単です。言うだけなら、誰にでもできます。けれども、残念ながら子どもの身になって考えられたものだとは思えませんし、保護者だって困ることがたくさんあります。
SNSなどを通じて、海外の子育て事情が垣間見えることがあります。学生が子連れで授業を受けているときに子どもが騒いでしまって、先生がその子を抱っこしてあやしながら授業を続ける……、という動画を見たことがあります。とても心が和む光景でした。
一方、日本では2017年に熊本市議が生後7カ月の赤ちゃんを連れて議会に出席したところ、なんと退席要請が出されました。その少し前には国会議員が公用車を使って子どもを議員会館内の保育所に預けてから出勤したとしてバッシングされました。総務省のルールでは問題ないとされたにもかかわらず、非難されたのです。
こうした日本の現状を見ても、子連れ出勤が現実的だとはとうてい思えませんね。少子化を克服したといわれるフランスでは、保育園のほかにも、保育士の資格を持った人が自宅で子どもを預かる“保育ママ”制度などの保育政策を充実させたほか、育休中の保護者への手厚い保障、公共施設や民間企業それぞれが行う育児支援対策など、現実に即した施策が功を奏したそうです。こうした根本的で大胆な対策もせず、無理のある子連れ出勤を推進する日本の少子化が解消されることはないでしょう。