スマホが手放せない時代となった現代では、スマホを忘れる、あるいはなくしてしまうと、精神的な安定が失われる。自分から遮断するのは至難の業だ。しかし、ボルトは大きな目標を達成するために、携帯を一時的に捨てた。

SNSで発信することがアスリートのブランディングにも寄与する時代、ボルトのようなストイックさを持つ選手は果たしてどれくらいいるのだろうか?

④高い集中力

北京オリンピックの400メートルリレーで銀メダルを獲得した朝原宣治氏は、そのときの招集所でのボルトのふるまい、所作がとても印象的に残っているという。

「招集所に入ってくるでしょ。みんなと明るく挨拶するんです。テレビのバラエティ番組で見るような調子ですよ。ところが、レースの30分前くらいからグッと集中力が上がっていくんです。誰も近寄りがたいオーラが漂い始めます」

これは貴重な証言である。

競技場に入ってから、ウオーミングアップの段階で体をほぐした後、選手たちはゼッケンの確認をしてもらうために招集所に集まる。その時点では「社交家」としてのボルトの顔が前面に出る。自伝を読んでも、他の選手たちと無駄話をしながら当初はリラックスしている。しかし「臨戦態勢」に入ると、集中力がグッと高まり、他者を寄せつけないほどにテンションを高めていく。

集中力を高められることは、才能の一種である。レース前の紹介で髪を撫でつけるしぐさをしたり、ふざけたイメージのあるボルトだが、それは集中力を高め、いざレースに臨むときのルーティンとも思える。ここ一番での集中力は、ボルトの凄みのひとつだった。

北京五輪期間中にはチキンナゲットを千個

⑤ストレスフリー

陸上に関しては、極めてストイックな面があるボルトだが、彼には自分の欲望を思い切り開放する瞬間がある。それは食欲も例外ではない。

北京オリンピックのときだが、彼は選手村に入っているマクドナルドでチキンナゲットを食べに食べ続けた。なぜなら、選手村の食事が口に合わなかったからで、「安心できる」チキンナゲットを主食がわりにしていた。ボルトの試算によると、期間中に食べたチキンナゲットの数は1000個に及んだという。

栄養学の視点から考えれば、この食事は正しいものとはいえないだろう。脂肪が多く、どうしても栄養が偏ってしまう。ボルトもそんなことは百も承知だが、あるがままに食欲を開放させた。栄養学的に正しいことよりも、「ストレスフリー」であることを望んだのである。

スポーツの世界では、体重管理が重要とされている。女子の体操の取材に行くと、カロリーコントロールがしっかりとなされている。陸上長距離でも、体重の増減はタイムに直結するので、食事量を制限する管理栄養士もいると聞く。