「背番号はずし」で判断力磨く

商社マンには、専門性を強く持たせることが必要だ。ある分野の業界や商品に精通しなければ、お客の信頼が得られない。お客が「この人だったら、一緒に仕事をしてもいい」と思ってくれなければ、仕事にはならない。だから、出身部門を「背番号」と呼び、人事異動に付いて回るのも、やむを得ないと思う。ただ、機械や食料、資源エネルギー、あるいは財務でも、ずっと同じ部門にいるだけでは、経営の一端を担うときに不足するものがある。例えば、経営企画や広報、リスク管理などを2~3年でいいから経験すると、判断力にぐっと幅が出る。「全体最適」の視点が、身に付くのだ。「専門性プラスα」。それが大事だ。

自分も、思わぬことで「α」を体験した。40代を終えるころ、世間でITがもてはやされた。「インターネットが社会を席巻し、ネットで取引が広まれば、商社のような仲介業務は不要になる」と言われ、各商社が「新機能」と呼ばれた分野への進出を図る。丸紅も「新機能」で先行した三菱商事に続こうと、99年10月、ソリューション事業部を新設する。その部長に選ばれた。部にはIT(情報)、LT(ロジスティックス=物流)、FT(金融)の事業を進める3つのチームができた。俗に言う商社の「営業部隊」の長だった。「どこもやってこなかった新たなビジネスをやろう」。やはり、肩に力が入っていたようだ。

1年半やって、LTとFTの事業は、うまく進んだ。だが、肝心のITでつまずいた。ネット上に仮想市場をつくり、そこで、メーカーなど製品の供給側とユーザーを結び、取引を仲介する仕組みを考えた。鉄鋼から建設機械、食品や衣料まで、丸紅が扱っている商品すべてを、その市場に乗せるつもりだった。だが、始めても、収入が増えない。

考えてみれば、ネット取引では、お客との「フェイス・トゥー・フェイス」の関係がはじかれる。それでは、お客が本当にほしいモノやサービスが、的確につかめない。最善の対応を図るスピードも、実は、ネット取引のほうが落ちる。お客との濃厚な接触がないからだ。「総合商社・丸紅として持つ機能を、本当に発揮できないところでは、事業など成立しない」。改めて、思い知る。

昔から、何度も「商社不要論」が叫ばれ、「商社の氷河期」とも言われた。だが、そのすべてに打ち勝ってきた。「財テクブーム」で大きな傷を負ったときも、教訓をかみしめ、立て直した。インターネットが出てきたからといって、それで終わってしまうほど、商社のビジネスモデルは甘っちょろくはない。「フェイス・トゥー・フェイス」の原点に戻る。それを再確認した。やはり「背番号はずし」は、大事だ。

「過而不改、是謂過矣」(過ちて改めざり、これを過ちと謂う)――人間、誰でも間違いや勘違いを犯す。それは、仕方がない。その過ちの原因を考え、改めていこうとしないことこそが、過ちである。孔子は『論語』で、失敗を次への糧にすることを説いた。

新人時代からのある上司は、朝田さんには失敗談らしい失敗談はなかった、と振り返る。ただ一つ、ソリューション事業部長時代のIT事業を「張り切りすぎ」とした。でも、本人は「これは失敗したが、こっちで稼いで穴は埋めた」と、他事業の成功を示し、少しも落ち込むことはなかった。ポジティブシンキング。これも、もう一つの「α」だ。

(聞き手=街風隆雄 撮影=門間新弥)