リチウムイオン電池はその名にある通り、リチウムイオンが正極と負極の間を行ったり来たりすることによって充放電を繰り返す。そして、イオンの粒は一方から一方に移動する際、科学的にいまだに解明されていない奇妙な振る舞いを見せる。それを素人にもわかりやすく説明すると、こんな具合になる。

リチウムイオン電池の充電の仕組み
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リチウムイオン電池の充電の仕組み

イオンの粒が正極から電解液の中に飛び出すとき、粒の周りに「衣」のような物質をまとう。電解液を泳いで移動するイオンの粒は、負極に入るときにこの衣を脱ぎ捨て、狭い層に入っていく。こうしてイオンがひとつ移動することで、電気が貯えられていく仕組みだ。

このようにリチウムイオンが「衣を着て脱ぐ」現象を、世界に先駆けて発見したのが小久見らの研究成果であり、この現象の解明がプロジェクトの最優先課題になっている。そのため、兵庫県内の山の中に拠点を置く「SPring-8(大型放射光施設)」と呼ばれる実験施設で、分子レベルの解析作業を通じて「衣」の正体に迫ろうとしており、これが解明されれば次世代電池の開発は一気に進む見通しだ。

「衣を着て脱ぐイオンの動きは我々だけの研究成果なのですが、なぜそんな振る舞いをするか、残念ながらわかっていません。それがわかれば、リチウムイオン電池がいかに劣化し、安全性に問題が起きるかが解明されるはずです。これまでは経験の科学できましたが、今こそ分子レベルでの解明という基礎に戻ることにしました。プロジェクトの目標はまず第一に、劣化を起こさず安全性の高い電池に進化させることであり、それが目下の最大の使命と考えています」

後進の指導にあたる小久見教授は日本の電池事業を束ね、推進する“ドン” 的な存在である。同事業には、次世代電池開発を担う人材が研究所・企業から集結している。

後進の指導にあたる小久見教授は日本の電池事業を束ね、推進する“ドン” 的な存在である。同事業には、次世代電池開発を担う人材が研究所・企業から集結している。

7年間のプロジェクトは長いともいえるし、短いともいえる。リーダーを任された小久見は、オールジャパンの研究者を率いてこの7年間をどう活用し、どんな研究成果を生み出そうとしているのか。すでにプロジェクトの周辺では「7年間で3倍の性能を目指す」という小久見の言葉が独り歩きをしているが、本人の真意はどのあたりにあるのか、その核心部分に迫ってみたいと思った。

「ひと言でいえば、“5倍を見通せる3倍”を目指すということです」

この絶妙な言い回しに、研究者としての小久見の期待と意地のようなものが窺える。それは「5倍を見通せる3倍」の「見通せる」という表現に集約されている。将来、電池の性能を3倍にすることは“リチウム”でできる可能性があるが、性能を5倍にするとなると、“新たな発明”が必要になるといっているのだ。

(文中敬称略)

※すべて雑誌掲載当時

(大沢尚芳、永野一晃=撮影 AFLO)