「それは依頼ですか命令ですか」

トーメンとともにアザデガン油田の開発を担うことになったのは、通産省系の石油開発会社であるインドネシア石油(2001年から国際石油開発)だった。同社の松尾邦彦社長(現会長)は、中小企業庁長官や石油公団理事を務めた元通産官僚だ。下位商社のトーメンと従業員400人程度のインドネシア石油に、20億ドルを超える開発資金を調達する力はなかった。そこで、イランの油田開発に反対する米国の盾にするためにも、シェル(英蘭)やトタール(仏)といった外国大手石油会社に軒並み声をかけた。また、地方国立大学出身で功名心にはやる資源エネルギー庁の石油・天然ガス課長が、日本の商社などを参加させようとして、圧力をかけた。しかし、「犬も食わない」油田に参加する企業は皆無だった。

2000年3月からの時価会計の導入でトーメンが債務超過陥落の瀬戸際になり、UFJ銀行などから債務免除を受け、トヨタ自動車グループの専門商社・豊田通商から出資を受けた。ところが2003年になって、フロリダ州選出の民主党の女性下院議員で親イスラエル・反イランのイリアナ・ロス=レーティネン氏が、「イラン・リビア制裁法」(イランまたはリビアの石油開発部門に2千万ドル以上投資した者に制裁を科す法律)に違反している可能性のある企業のリストを作り、議会に提出しようとした。その草案の中にはトーメンが入っていた。これがトヨタの奥田碩会長(当時)の耳に入った。

「サハリン2」について会談するプーチン大統領、三井物産槍田社長ほか。
「サハリン2」について会談するプーチン大統領、三井物産槍田社長ほか。

トヨタ自動車にとって北米は世界で最も重要な市場であり、貿易摩擦や米国内での批判を回避するため、懸命のロビー活動を長年展開してきた。傘下に入ったトーメンがブラックリストに載るなどという事態になったら、どんな攻撃を受けるかわからない。奥田会長は、イランで「影の日本大使」の異名をとり、アザデガン油田を推進していたトーメンの専務執行役員に連絡をとり、プロジェクトから撤退するよう要請した。