もちろん富士山や秋葉原などは人気の定番スポットだし、ゴールデン・ルートに組み込まれている。近頃は軽井沢や白馬などでも中国人観光客をよく見かけるようになった。第2次、第3次の海外旅行ブームで日本人がハワイから米本土に観光スポットを広げていったように、国内を自由に観光できる個人観光客が増えればいずれ年間1000万人に届いても不思議ではないと私は見ていた。

そこに降りかかってきたのが震災と原発事故だったわけだが、このタイミングで日本は2つのミステークを犯している。

1つは中国人向けの個人観光ビザ(査証)を一般化しなかったことだ。

中国人観光客に発給されるビザには所得制限がある。以前は年収25万元(約350万円)以上で、溝畑長官は外務省に対して発給要件から年収制限を撤廃するように要請していた。昨年7月1日以降、年収10万元以上または主要なクレジットカードのゴールドカード所有者という発給要件に緩和されたが、年収制限を完全撤廃していれば、震災や原発事故による観光客数の落ち込みはもう少し抑えられただろう。

もう1つのミステークは中国当局や世界に対して、日本の西半分や北海道は安全であるというメッセージをいち早く発信しなかったことだ。日本全体が危ういような誤解を与えたために、中国当局は日本への観光旅行を全面的にストップした。6月からこれが解除されて客足は戻ってきたが、それは旅行のパッケージ料金を半値以下に下げて呼び込んだからで、日本の観光業としては儲けになっていない。

以前のように中国人観光客を日本に呼び戻せるかどうかは、正直、微妙なところ。たとえば、香港は中国人にとっては海外旅行扱いとされビザが必要だが、それでも香港を訪れる中国人は年間1300万人に達している。

それから台湾。戦後長らく台湾を訪れる外国人観光客数は日本が100万人くらいでトップだったが、ついに昨年、中国が150万人を突破してトップに躍り出た。中台間の「3通(通信、通航、通商の開放)」が実現して、今や大陸からの直行便は週に530便を数える。早晩、台湾への中国人観光客の数も1000万人規模になるだろう。

観光が完全自由化されている韓国の済州島も中国人観光客が圧倒的に増えているし、かつて日本人が大勢闊歩していたオーストラリアのゴールドコースト辺りでアジア人を見掛けたら、今や3人に2人は中国人だ。アメリカやタイも中国人旅行者が急増している。

いつまでも震災と原発事故の痛みを引きずっていたら、観光の面でも日本はバイパスされるだけなのである。

世界的に見れば「デスティネーションツーリズム」、いわゆる滞在型旅行業というのは自動車産業よりも市場規模が大きい。世界の先進国で旅行に費やされる金額を合計すると、自動車に費やす額より大きいのだ。減価償却も含めると自動車の維持費は年間60万~100万円くらいかかるが、欧米でそこそこ充足した生活をしている層は年間で旅行に100万円くらいはかける。その多くは忙しく駆け回る観光旅行ではなく、1カ所に長期滞在するものだ。中国人も日本でのライフスタイルを味わえば“滞在型”になっていくだろう。