「私はこれが好き」と言える人を増やしたい
アカデミーヒルズとして何を発信したいのかを考え続けるなかで生まれたのが2011年にスタートした六本木アートカレッジだ。社会人を対象に「自分にとっての『アートはなにか』を考える機会を提供すべく、アート、音楽、ファッション、デザイン、伝統芸能、その他さまざまなジャンルの講座を同時開催する一日がかりのお祭り「スペシャル1DAY」と、それにつながる1年間のセミナーシリーズで構成される。毎回700人の受講者を集める大イベントだ。
顔となるディレクターは毎年外部の識者にお願いしている。2019年は『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』の著者、山口周さん。アートと冠していながら、セミナーのテーマはビジネスやサイエンスまでカバーする幅広さだ。それには理由がある。
「美術館のイベントではなく、アカデミーヒルズでしかできないやり方でアートとの関わり方を提示していきたいという考えがベースにあります」
アートの面白さは、正解がないこと、と熊田さんは語る。「仕事の場合は、答えが決まっていることも多い。でも、アートの世界は自由です」。だが、その自由ゆえに、アートに対して身構えてしまう人が多い。何が好きか嫌いかは、人それぞれのはずなのに、圧倒的な自由の中で「私はこれが好き」と言える人はまだまだ少数だ。
「堂々とこれが好きですと言える人が増えたら、人生は、もっと楽しく豊かになっていくと思うんです」
日常のなかで、自分の心のままに好きなものを選ぶ。それが、生活を変えていく。
「マグカップひとつだって、好きなもので飲むと味わいが違う。もっともっと、みんなに『自分の好き』にこだわってもらいたい」
「どう働くのか?」「どう生きるのか?」も同様だ。「自分の人生を、私はこれが好きという自分なりの価値観で決められるようになるといいですよね」。
安心感がある場でこそ人は意見を言うことができる
参加者が登壇者の話を聞くだけでなく、自分の考えを発信できる場をつくりたい。そんな想いから今年の3月にはじまったのが、「みんなで語ろうフライデーナイト」だ。毎週金曜の夜、ファシリテーターと最大15人限定の参加者がブレストをしながら互いの知恵を深めていく。これまでにファシリテーターとして登場した方々の顔ぶれは放送作家、元財務省関税局長、人形文化研究者など多彩だ。
熊田さんたち事務局は、ファシリテーターと一緒にブレストのためのテーマを考える。ただし、当日の進行は「おまかせしている」という。「毎回、その人ならではの色が出るのが面白いんです。そのやり方に良い・悪いという判断はなくていいと思っています」。
参加者は与えられた事前課題についての意見を持ってその場に臨むというのが条件だ。知らない人同士ではあるが、その日の課題となっているテーマに関心があるという共通点が安心材料となる。また、集いとしてのクオリティを担保するために、参加費は有料にしている。
「セキュアな空間であるということがすごく重要なんです」
守られているという安心感があるからこそ、人は自分の意見を話すことができるのだ。ある夜のテーマは「あなたはどんなB面を持っていますか? それをA面にどう結び付けていますか?」。ファシリテーターは電通Bチーム代表のクリエイティブ・ディレクター、倉成英俊さん。簡単な自己紹介の後、互いに質問し合いながらブレストを重ねていくというスタイルの進行で大いに盛り上がった。
「リアルな場である必然性は、インタラクティブ性に尽きると思います。お互いの顔が見えて、声が聞こえる小さな集いの中で生まれる価値を、もっと高めていけたらいいなと思います」