人と人との化学反応が新しい価値を生み出していく

「希望の缶詰」の活動を通じて、「地元商店街の飲食店や全国の生産者さんたちとのネットワークを活かした助け合いのチームワークが高度に進化しました」と須田さんは振り返る。また「さばのゆ」という場所に惹かれて集まる様々な分野の人たちが出会うことで、次々に新しいものが生まれていった。

たとえば、「経堂こども文化食堂」。最初はほかの「こども食堂」と同じく食事の提供だけを考えていたが、人形作家・四谷シモンさんの寄付がきっかけで、地元の陶芸教室で食べるための器をつくる陶芸体験や鰹節を削る食育体験もできるようになった。食事のための材料はこれまでに関係を築いてきた全国の生産者や経堂の個人飲食店が無償提供している。

同じく寄付などの支援をする春風亭昇太さんが友情出演する「浅田飴こども落語会」は、「経堂こども文化食堂」とのコラボで、子どもたちが生の落語を楽しむ。

ほかにも、編集者とライターの出会いからユニークな書籍が生まれたり、古典芸能の世界でも浪曲師と落語家が出会って一緒にイベントを行ったり、地方の生産者同士が互いの得意分野を持ち寄って商品開発を行うなど「さばのゆ」から生まれるユニークなコラボレーションは後を絶たない。

そういった「化学反応」が起こるのは「ここがリアルな場所だから」だと須田さんは言う。「リアルな場所でリアルに人と会うこと、それが何かを生み出すきっかけになるのだと思います」。

リピーターが増えていく「カウンターカルチャー」

カウンター酒場のいいところは、互いの関係性がフラットでいられることだ。「同じ酒を飲む客同士は、肩書や知名度や財産、収入、出身、性別などと関係なく同じ価値の人間で、平等です」

「さばのゆ」のカウンターでは大御所の芸能人と役者志望の若者が席を並べて飲むこともあれば、大企業の会長が新米営業マンとの会話を楽しむこともある。訪れる客の大半はリピーターで、通いつづける人が多いのも特徴のひとつだ。

「台風の日も心配だからとお店に顔を出してくれるような、律儀なサポーター的なお客さんがとても多いんです。面白そうなイベントがあるから行ってみるかというだけじゃなくて、その後もずっと応援団として一緒に歩き続けてくれる」

はじめて落語を聞いてみたら面白かった。高座のたびに通い続けているうちに、ずいぶん詳しくなってきた。噺のテーマになっている歌舞伎や文楽、能などにも興味が出てきてそちらにも通ってみる。気の合うお客さん同士が誘い合って一緒に行き、やがて友人になり、人の輪が小さなあたたかいコミュニティになるようなことにも発展する。

「趣味の世界と人のつながりが、酒場のカウンターでリアルに人と出会うことでどんどん豊かになっていく。酒蔵でお酒が発酵しておいしくなるように、文化や人間関係もいい感じに発酵していく」。そのあと須田さんは「これもカウンターカルチャーです」とつけ加えて、クスッと笑った。