長谷川平蔵――いわずと知れた火付盗賊改。実在した人物だ。

火付盗賊改は、「火付」と「盗賊」を「改める」、つまり取り調べるのが仕事だ。平蔵の肩書は本来「先手弓頭」だったが、「『火付盗賊改』もやれ」と命令されていた。

悪人を捕まえるのなら江戸町奉行がいるじゃないか、と思われるかもしれない。だが江戸町奉行の職域は広く、いまでいう最高裁判所長官・警察庁長官・東京都知事の職を兼ねていた。火付盗賊改は「火付」「盗賊」を逮捕するプロフェッショナルだった。

「長谷川平蔵」を広く世間に知らしめたのは、もちろん池波正太郎が書いた時代小説『鬼平犯科帳』シリーズだ。

『鬼平犯科帳』には、火付盗賊改の与力や同心以外にも多くの密偵が登場する。彼ら密偵は、町奉行所の同心が使う目明かし(岡っ引)と思えばいい。犯罪の摘発に有効だったが、なかには、ゆすり、たかり、をする者がいるため、幕府はたびたび目明かし禁止令を出していた。

平蔵が手先として使っていた密偵は、元盗賊に限られていた。火付を犯して逮捕された者は磔、火あぶりの刑に処されていたからだ。

『鬼平犯科帳』の常連、「伊三次」「大滝の五郎蔵」「小房の粂八」「相模の彦十」などは、みな元盗賊。

密偵は元盗賊だからこそ、盗賊の考えることが手に取るようにわかるし、盗賊の情報も得やすくなる。

彼ら元盗賊たちは1種の司法取引によって、平蔵の密偵となっていった。密偵として働くかわりに、処罰を免れることができたのだ。ただし密偵になったことがバレれば、盗賊仲間に命を狙われる立場でもあった。

「密偵になる」=「長谷川平蔵に命をあずける」。つまり生殺与奪の権を握られているにもかかわらず、密偵たちは平蔵になついていた。

それは、なぜか。

平蔵の過去を見れば、わかる。