長谷川平蔵が火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)の職に就いていたとき、幕府の首席老中は松平定信だった。その定信が無宿人収容の必要性から「無宿収容施設開設提案」を幕府内で募り、平蔵が企画案を提出した。

そのとき定信は、自叙伝『宇下人言(うげのひとこと)』で「ここによつて志ある人に尋ねしに、盗賊改をつとめし長谷川何(なに)がしこころみんといふ」と書いている。