シリコンバレーで顰蹙を買うケースも

この日本人ビジネスパーソンのメモ取り行動が顰蹙を買うケースも現れた。たとえばシリコンバレーやリトアニアなどでは、日本からの「見学者・訪問者」が招かれざる客になっているケースがある。現地で説明を受けると、報告書作成のためにひたすらメモをする。質問も、帰国後に上司などから重箱の隅をつつかれないように微に入り細に入りとなる。説明する側もこれらの人が意思決定のできない立場であることはお見透し、インプット志向のメッセンジャーはお断りということになる。

私のミーティングでは、ホワイトボード上には議論の結果として、いくつかの意味合い、あるいは次のステップが記録されていくことになる。

皆さんも一度試してほしいが、このときにそこで行なわれた議論を単に羅列的にメモするだけでは能がない。議論されたことをMECEに切り分け、いくつかの異なった課題に区分したうえで、その意味合いをいくつかに整理して記述することができれば、更なる議論を誘発しミーティングも一歩進むだろう。そして、必ず次のステップを明示する。答えが見えない問題に取り組む際の、リーダーの手腕が問われることになる。

さて、ここでリーダーを自認する皆さんは胸に手を当てて考えてみてほしい。自分がどっかり座って長々と発言し、それをせっせとメモにとるメンバーたちを見て、なんとなくいい気分になっている、なんてことはないだろうか?

なかには「人の話を聞くときはメモをとれ」とはっきり口にするリーダーも存在する。間違えてはいけない数字や人名の伝達ならまだしも(それはそれでメモではなくメールで送れと私は思うが)、自分が話しているのだからメモをとれという類のリーダーだとしたら要注意だ。

もしあなたがそういう上司についてしまったときは、メモには落書きでもしておいて、今後の自分の身の振り方を考えたほうがいいかもしれない。

では、意味のあるメモの取り方とは

会議やミーティングに参加するメンバーには「義務」がある。それはobligation to dissent(反論の義務)だ。上司であったとしても、もし意見が違っていると思った場合には、反論することはあなたの権利ではなくて義務であるということだ。自分の担当以外についても全体課題の解決について疑問があれば発言する。あとになって、とやかく言うのは反則だ。そこでは「ファクトベース」ということを共有していることが必要だ。ファクトがなくて感覚だけで意見をいうのでは意味がない。

一方、自分の意見だけを主張していても全体の議論は深まらない。また新たな知見も生まれない。どうしたら議論を深めることができるのか、みんなが同じ方向に向いていて思考が広がらなくなったときに、あえて、別の角度からの論点あるいは反論を述べることも有効だろう。「自分がそのミーティングでどのような価値を提供するのか」を常に考えるべきである。

その時のメモの使い方について、次のように考えてはどうだろうか。リーダーがホワイトボードの前に立つというのは、チームメンバーがメモをとることに集中して思考停止になることを避けるためだ。他方、私の場合、自分が聞き手の場合には常にメモ帳は手元に置いておく。それは「人の言ったことを記録する」のではなく、「自分が次に発言しようとする内容」を論理的に整理するためだ。繰り返すが、インプットのためではなくあくまでアウトプットのためだ。