父親の月収を“3倍”にでっち上げ
一方でブータン人留学生も“偽装留学生”と同様、日本への留学費用を借金に頼っていた。その額は、日本語学校の初年度の学費や業者への手数料で70万ニュルタム(当時のレートで約120万円)に上る。為替の関係で現在は105万円程度だが、ブータン人の収入はエリート公務員でも20代で月3万円ほどにすぎない。
借金の貸し付けはブータンの政府系金融機関が年利8パーセントで行ない、5年間で完済するスキームだった。つまり、留学中も月々2万円以上を返済する必要があった。
日本の留学ビザ取得には、母国の家族などからの仕送りを受け、アルバイトなしで留学生活を送れる経費支弁能力の証明が求められる。ビザを審査する日本側の入管当局に対し、親の年収や銀行預金残高の証明書を提出しなければならないのだ。基準となる金額は明らかになっていないが、年収や預金がそれぞれ200万円前後は要る。
大半のブータン人にはクリアできないハードルだ。政府系企業に勤めるダワ君の父親の月収も5万円に満たず、留学ビザ取得には足りない。そこで留学斡旋業者が書類を捏造した。書類に載った月収は「9万7045ニュルタム」(当時のレートで約16万円)と、実際の約3倍になっている。書類には父親の会社の担当者のサインもあって、正式に発行されたようにも映る。ただ、収入額だけがでっち上げなのだ。
日本語学校や入管当局、在外公館も「共犯」
こうした書類は、ベトナムなどでは留学斡旋業者が行政機関や銀行の担当者に賄賂を払ってつくる。書類の数字はでっち上げでも、公的機関から正式に発行されたものなので“本物”だ。ブータンでも同じやり方が取られたのか、業者が捏造したのかは分からない。
ブータンで留学生の送り出しを独占的に担ったのは、日本人妻を持つブータン人男性が経営する「ブータン・エンプロイメント・オーバーシーズ」(BEO)という斡旋業者だ。筆者はBEO経営者に以前取材したことがあるが、捏造の有無については回答を避け、「『学び・稼ぐプログラム』の留学生には書類の必要性が免除されている」と述べていた。
しかし私は、ダワ君以外にも複数のブータン人留学生から、でっち上げの数字が記された書類のコピーを入手している。本当に書類が免除されているなら、わざわざこんな書類を準備する必要もない。
書類は業者から留学先となる日本語学校へと送られた後、学校が入管当局にビザ申請する際に提出する。そして入管と在外公館の審査を経て、ビザが発給されるという流れである。
ブータンの賃金水準を多少でも分かっていれば、捏造を見破ることは簡単だ。しかし、日本語学校、入管当局、在外公館が揃って捏造を見逃し、ブータン人たちにビザが発給されてきた。日本側もブータンの業者らと「共犯関係」にあるわけだ。
その結果、留学生たちは日本で不幸のどん底に突き落とされる。借金返済と翌年分の学費の支払いのため、勉強そっちのけで徹夜の肉体労働に明け暮れる日が待っていたのだ。