高級リゾートでスーパーモデルに恋
そしてエリザベスの裏の顔に対する疑念に突き動かされて、『ストレンジャー(The Stranger)』を書く。
君の中にある別の顔を
いくら善人ぶっていても
炎を消すことはできない
欲望に従うしかない
別の顔でいるときには
さらに『ガラスのニューヨーク(You May Be Right)』で怒りを爆発させている。
自分を満足させてくれる相手を探し続けてきた
君が言うように僕は狂っているかもしれない
みんな君のせいだから
エリザベスとの離婚、オートバイ事故など不運が続いた後、1983年にビリーはミュージシャン友達のポール・サイモンの勧めで気分転換にカリブ海の高級リゾートアイランドを訪れる。
そこでスーパーモデルのクリスティ・ブリンクリーと出会い、久々に恋を予感し、明るい気持ちを取り戻す。曲作りにもはっきりとその変化が見られる。それまでの陰鬱な日々に制作したアルバム『ナイロン・カーテン』は暗く深淵でとことんまじめな内容だったが、クリスティとの出会いをきっかけに、次作『イノセント・マン』はカラーがガラリと変わった。
有頂天な曲にも「不安」が見え隠れする
「純粋無垢な男」という意味の同アルバムの収録曲は、新たな女性との出会いの喜びを素直に表現してはいるが、そこはビリーのこと。「そんなにうまくいくわけない」という後ろ向きの気持ちも随所に込められている。
「人生、嫌というほど見て来ましたからね。どの曲にもとことんロマンチックな幸福感に憧れる感傷癖みたいなものを入れているんです」
そのアルバムに収録されている『ロンゲスト・タイム(The Longest Time)』は、
幸せは残っていたんだ
君に会ったその日から
僕の首に君の腕が絡みつく
こんな気持ちになったのは本当に久しぶり
と、当時34歳ながら、恋に有頂天な気持ちを明るい曲で表現している。だが、本人が「ストレートなドゥーワップでさえ、ちょっと暗い面が見え隠れしている」と打ち明けているように、
君がいなくなったら寂しくなるだろう
こんなふうに不安を口にする。そしてクリスティという恋人が現れたのに、ツアーに次ぐツアーで家に帰れず、恋人にも会えない根無し草のような日々への不満、さらには自身が生まれ育った家庭に恵まれなかったこともあってか、『ナイト・イズ・スティル・ヤング(The Night is Still Young)』では家庭生活を夢見る気持ちをのぞかせる。
結婚もしたい
そのうち子供もほしくなる
旅暮らしを終える日が来る
もう離れ離れの日々はいらない
電話越しの「おやすみ」なんて
ベイビー、こんなの本当の人生じゃないだろう