「名目値への釘付け」心理

多くの人は買い物の際、「スーツは5万円まで。ランチは1000円まで」という具合に、予算を決めています。それは消費税が上がったからといって「スーツは5万1000円まで。ランチは1020円まで。飲み会は5100円まで」には変更されないのです。逆に、税率が上がった分だけ質を落としたり量を減らしたりして、金額の制限をできるかぎり守ろうとします。私は購買行動におけるこの傾向を、「名目値への釘付け」心理と呼んでいます。

今回の消費税率引き上げについては、「引き上げ幅も2%と小さく、影響は軽微である。駆け込み需要が少ないことからもそれがうかがわれる」と主張するエコノミストが多いようです。私個人はそうした見方には同意できませんし、「影響は軽微」と主張する根拠も理解できません。消費者の「名目値への釘付け」行動に変化がない以上、このままでは、14年の増税時と同様、年間5兆~6兆円と見られる税収増分だけ民間の消費が減少することは、ほぼ確実です。

政府では消費増税の景気への悪影響を回避するため、たとえば「キャッシュレスで購入した商品について、買値の5ないし8%をポイントの形で還元する」といった施策を打ち出していますが、残念ながらこの施策は、景気対策としては機能しないでしょう。

なぜなら、いくらポイントで後から還元しても、消費増税のネガティブ・インパクトの最大の要因となっている「名目値への釘付け」行動には影響を与えられないからです。

もらったポイントは後日、消費に使われることになりますが、消費者がそれを追加支出に充てるかどうかは疑問です。むしろ「予定していた消費金額の一部をポイントで賄い、支出額を減らす」行動をとる可能性が高く、多くの人がそうした選択をすれば、ポイントバックはまったく消費支出の拡大に結びつかないことになります。

通常、こうしたネガティブ・インパクトは、中央銀行の金利引き下げなどによって一定程度相殺されます。しかし、もう下げようのない今のゼロ金利下では、金利というクッションのない状態でネガティブ・インパクトがかかるわけで、それは波及効果を生み、5兆円の消費支出の減少はトータルでは2倍の10兆円程度、GDPにして2%分ものマイナスを経済に与えるでしょう。

現在の日本経済のベーシックな成長率は年率2%以下なので、19年度はマイナス成長に陥ると予測されます。消費増税とはそれほどまでに大きく景気を失速させ、皮肉にも財政再建を妨げるものなのです。