民間試験でスコアのダンピングが起きる⁉

【三宅】このままいくと、具体的にどんな問題が予想されますか?

【鳥飼】ひとつは、高校英語教育が民間試験のスコアを上げる対策に追われ、本来の教育が崩壊しかねないこと。受検料がかかるので家庭の経済力で格差が生まれ、試験会場のない地域もあるので地域格差もあります。各大学が個別に民間試験を利用するのと、国立大学受験に必須の共通テストでは影響の大きさが違います。加えて、スコアのダンピング(投げ売り)があります。

いまの仕組みだと「Xという民間試験で何点とれればCEFRのA2レベルに該当する」といった対応づけをしますが、特定の民間試験がA2レベルに該当する点を取りやすいとなると、当然、高校生はその試験を受けます。すると別の民間試験が受検者を増やすために難易度を下げる。結果として「A2レベル」といった基準が無意味になり、公正な合否判定ができないと危惧されています。

混乱が容易に予想されるのがスピーキングのテストです。50万人もの受験生のスピーキング力を測るのは本当に大変なことなのです。

どういう内容の試験をするのか、試験方法は面接かパソコンかタブレットか、なども課題ですが、英検はすでに全員の面接は無理だと判断し、障害のある受験生に限定するようです。加えて誰が、どういう基準で採点するかが問題視されています。話す力の何を、どう判断するのか。1人では恣意的になるので、2人か3人は採点者が必要ですが、評価が割れたときにどう調整するのか。

そもそも試験官の数が足りません。大学生のアルバイトを使うとか、海外の業者に委託するなどの噂もあります。採点が不透明な状態では公正な試験とは言えません。これまで厳正に採点を実施していたセンター入試とは大違いで、被害を被るのは受験生です。

さらに、スピーキング・テストはどうしても機械の不具合や操作ミスがつきものです。文科省による中学生の全国学力テストで初めて実施した英語試験でも、うまく録音できていなかったケースがあったようです。パソコンでスピーキング・テストを実施してみた大学教員によると、音声データが誰のものかわからなくなったこともあるとか……。

【三宅】それは大問題ですね。

【鳥飼】民間試験に任せたら、そうしたトラブルがあっても表に出てこないのではないか、と心配されています。各大学が実施する入試では、出題ミスや採点ミスが起きた場合は公表して謝罪し、何らかの救済措置をとりますが、民間試験がそこまでできるのか。経費もかかるので、民間業者も内心、困っているのではないでしょうか。

文科省は「何かトラブルがあったとしても文科省や大学に責任はない」としています。それで、今年6月には、「民間試験利用中止」を求める国会請願書が衆参両院に提出されました。「審査未了で保留」となりましたが、これを契機にインターネットで署名運動が始まっています。

英語は苦手でも他の教科で優秀な受験生はいる

撮影=原 貴彦
イーオン社長の三宅義和氏

【三宅】たしかに問題が山積していそうです。東京大学が真っ先に反対に回って「民間試験の結果を出さなくてもいい」と決定しましたね。

【鳥飼】そうです。出願要件に「民間英語試験でCEFR A2レベル以上」と一応は入れましたが、合否判定には使いません。「日常の授業における学習状況や試験の成績等から総合的に評価した結果、CEFRのA2レベル以上に相当する英語力がある」と高校が証明すれば民間試験スコアでなくても良い。何らかの理由で証明できない場合は、その事情を明記した「理由書」も認められます。希望者全員が受験の機会を得られるよう、英語民間試験を出願資格にして門前払いをしたくないということです。

英語は苦手でも他の教科で優秀な受験生はいるわけですから、民間試験団体に受検料を払ってスコアを得ないと国立大学を受験できない、というのはひどいです。民間試験のスコアを加点するという方式もあるのですが、試験の得点全体に占める割合は微々たるもので、英語力は大学独自の二次試験できちんと見ることができます。名古屋大学や京都大学も後に続きましたし、東北大学や北海道大学は、現状では課題解決の見通しが立っていないので英語民間試験を出願要件にしないし合否判定にも使わない、と明確にしました。