地域統括のトップはソフトバンクで働いていた
19年5月、わたしはグラブ本社のあるシンガポールを訪ね、実際に配車アプリを使うだけでなく、同社のHead of Regional Operations、ラッセル・コーエンにインタビューを行った。
ラッセルは日本のソフトバンクで働いた経験がある。自動車やタクシー業界の人ではなく、通信、IT業界出身だ。
「日本語、わかります?」と聞いたら、「うん、ちょっと」と微笑した。
「私が当社に入社したのが2017年。現在、グラブは8カ国でさまざまなサービスを展開しています。事業を展開している都市の数は336。サービスに関してもライドヘイリング(ライドシェア)だけでなく、ペイメント、ファイナンス、フード、ほかにパーセル(荷物)もあり、さまざまなジャンルの業務を行っています。東南アジア全体でサービスを提供する都市や地域を増やすとともに、サービスの種類も増やしていこうと思っています」
サービスの種類を増やす場合、サービスごとに新しいドライバーが必要になるわけではない。配車アプリのドライバーが空いている時間にパーセルを運んだり、飲食店の料理を届けたりもする。支払いも受け付ける。そうすれば、ドライバーの収入源は増える。
報酬が多ければドライバーは勤勉に働く
グラブは配車アプリを使う乗客の便利さを追求するために始まった会社だが、同時にサービスに携わるドライバーの生活やその後のことも考えている。このあたりがウーバーなど、他の配車アプリの会社との違いではないか。
ラッセルは「まさしくそうです」と言った。
「創業者のふたり、アンソニー・タン、タン・ホーイリンはマレーシア出身。ふたりは既存のタクシーのサービスレベルがよくないと考えていました。女性がひとりでタクシーに乗るのは安全ではなかったのです。そこで、ふたりはマイタクシーという会社を起こして、配車を始めました。グラブはそこから始まった会社です。そして、創業者のふたりはつねにドライバーのことを考えています」
これはラッセルから聞いたわけではないがグラブ関係者のひとりは、創業者のアンソニー・タンが大切にしている言葉は「Help the entrepreneur」だと言った。
そして、同社のドライバーへの還元率はタクシードライバーの報酬よりもはるかに高いという。ただ、燃料代、車の補修代は自弁だ。また、自分の車を持っていないドライバーは車両を借りるレンタル料が要る。
それでも、報酬が多額であれば、ドライバーは勤勉に働くだろうし、乗客にも特別の笑顔で接するだろう。
「Help the entrepreneur」と創業者が号令をかけているのは、同社がドライバーを起業家としてとらえ、少しでも収入を増やしてほしいと考えているからだ。