「脱ポチ宣言」を掲げた朝日の残念な撤退

朝日新聞は2011年10月、調査報道を専門とする特別報道部を東京本社内に立ち上げている。きっかけは東日本大震災および東京電力福島第一原発事故に関して、民主党政権や経済産業省、東京電力の発表を垂れ流す報道に終始して、信頼を失った苦い経験に対する深い反省だった。

記者は総勢30人。特別報道部のドアに「脱ポチ宣言」と書かれた紙を貼った。記者クラブの飼い犬にはならない——馴れ合い体質との決別を宣言する不退転のスローガンだった。

その後、数々のスクープを打った特別報道部が2014年5月20日の朝刊1面で大々的に報じた調査報道が、大きな波紋を広げた。

東京電力福島第一原発事故が発生した当時の所長、吉田昌郎氏が政府事故調の聴取に応じた際の記録で、約3年間にわたって非公開とされてきたいわゆる「吉田調書」のコピーを極秘裏に入手した。

約400ページにわたる文書のなかで特別報道部が注目したのは、福島第一原発に詰めていた所員の約9割にあたる約650人が、吉田所長が待機命令を出していたにもかかわらずに現場から撤退。結果として事故対応が不十分になった可能性があると言及されていた点で、見出しにはこんな文字が躍っていた。

〈原発所員、命令違反し撤退〉

しかし、朝日新聞は約4カ月後の9月になって、誤った記事だったとしてこのスクープを取り消している。さらには記事を書いた特別報道部の記者をデスクとともに処分し、木村伊量代表取締役社長も騒動の責任を取る形で同年末に辞任した。

内容的には正しかった。本来ならば見出しのなかの〈違反〉という言葉が誤解を招くとして、見出しの訂正が必要という程度だった。

おりしも朝日新聞は、激しいバッシングを浴びている渦中にいた。

吉田調書に関する記事を取り消す約1カ月前のこと。太平洋戦争中の済州島などで1000人を超える若い朝鮮人女性を慰安婦にするために強制連行したとする、吉田清治氏の証言に基づいた記事16本を取り下げると突然発表していた。

直後から激しい批判が浴びせられ始めた。ほかにも「吉田証言」を基にした慰安婦記事を掲載していた新聞が少なくなかったが、朝日新聞だけに批判が集中した背景には、ことあるごとに名指しで非難している安倍晋三首相の発言も大きい。

アメリカのような「横のつながり」がない

追い打ちをかけるかのように、8月下旬になると「吉田調書」記事を誤報だとする反論が他紙に掲載された。読売新聞や産経新聞も「吉田調書」のコピーを入手し、朝日新聞を徹底的に攻撃する。政権へのスタンスをかんがみれば、吉田調書のコピーは権力者側からリークされたと見るのが自然だろう。やがては朝日新聞と同じリベラル派の毎日新聞にも、共同通信が配信した朝日新聞への批判記事が掲載された。

アメリカではメディアに対して理不尽な攻撃を仕掛けてくるトランプ政権を前にして、場合によってはトランプ応援団のFOXニュースと批判的なCNNが共闘することもある。使命感や倫理観が共有されているからこそ、横のつながりが会社やイデオロギーの差異を乗り越える。