日韓関係がギクシャクしている。直近の問題は、韓国に対する輸出手続き簡略化(ホワイト国扱い)の廃止だ。韓国は日本の対応を非難しているが、駿台予備学校で歴史講座を担当する茂木誠氏は「戦略物資の流通管理はいつの時代も重要なテーマだ。たとえば戦国時代の『鎖国』をめぐっても、似たようなことがあった」という――。
写真=GRANGER.COM/アフロ
明は火薬の原料となる硝石の対日輸出を禁止していたが、ポルトガルがそれを横流しした結果、戦国時代の日本で鉄砲が広く普及することに――ポルトガル船(左)が日本の港に入港し、荷降ろしをしている様子を描いた、16世紀末の狩野道味作とされる南蛮屏風。

なぜフッ化水素に「厳正な輸出管理」が必要なのか

韓国に対する3品目の輸出審査強化と、韓国に対する輸出手続き簡略化(ホワイト国扱い)の廃止が、「日本による経済制裁だ」と、韓国で激しい反発を引き起こしています。

しかし、韓国の貿易管理体制には、安全保障上の疑義があります。「半導体生産のため」という名目で韓国に輸出されていたフッ化水素などの工業原料の一部が行方不明になっているからです。フッ化水素は半導体の製造に不可欠ですが、同時に広島型原爆製造の前提となるウラン濃縮の際に大量に必要な物質でもあります。

「イエローケーキ」とも呼ばれる天然ウランのなかから、核分裂を引き起こすウラン235を抽出する作業を「ウラン濃縮」といいます。ウランは鉱石ですから、気体にするには3745度の超高温を維持することが必要です。

ところが天然ウランにフッ化水素ガスを反応させた「六フッ化ウラン」は、56.5度で気体になります。これを回転式のシリンダーに詰め、遠心力を使って比重の軽いウラン235を中心部に集めるのが遠心分離装置です。したがって、フッ化水素ガスなしにはウラン濃縮はできないのです。

フッ素は「蛍石」という鉱石に含まれ、これに濃硫酸を反応させたのがフッ化水素ガスです。スプーン1杯で致死量という猛毒であり、その生産と管理には万全の防護が必要です。2012年に韓国のクミ市の化学工場で、タンクローリーに積んだフッ化水素ガスを工場タンクに詰め替える際に起きた流出事故では、従業員5人が死亡、住民4000人が健康被害に遭いました。

中国は蛍石の大生産国ですが、いまだに高品質フッ化水素の量産システムを確立できていません。世界のフッ化水素の供給シェアのじつに80%を日本が占め、その大半を森田化学工業が独占しています。

さらにフッ化水素ガスは、科学兵器のサリンガス、VXガスの原料でもあります。こうした物質が、不適切な貿易管理によって第三国に流出するようなことはあってはなりません。世界の安全保障にかかわる戦略物資であるフッ化水素の輸出を、日本政府が厳正に管理するのは当然のことです。