僧侶の言葉、妻の支えで刑期を全うした

判決は、男性が16年間にわたって長男の面倒を見てきたこと、介護によって心身が疲弊していたこと、妻や他の家族を守らなければいけないと考えたことなどを認定し、「一家の長としての責任を果たすために殺害を決意した。被告人の苦労がいかばかりであったかと推察される」と述べた。その一方で、「被害者なりに生きる希望があり、殺害されなければならない落ち度は何らないにもかかわらず、その尊い命を若干35歳で奪われた。結果は誠に重大だ」として、懲役3年6月の実刑を選択した。

刑務所で男性は毎日、息子の戒名をノートに書き、冥福を祈り続けた。

窓越しに雪がつもる光景を見た時は、「外に5分でも立てば……」と自殺を考えたこともあった。しかし、教誨きょうかいの時間に僧侶から言われた一言が頭をよぎった。「息子さんの分も長生きしてください。決して投げやりになってはいけない。自殺してはいけない」。何度涙を流したか分からない。何度も面会に足を運んでくれた妻の支えもあり、刑期を全うすることができた。

「息子のためにも、一日でも長く生きていこう」。固く決心した。

自治会長が「地域の輪」に戻るきっかけを作った

出所後は妻との静かな暮らしが始まった。

長男を殺めた日を月命日とし、妻、娘家族とともに、墓参りをするのが毎月の決めごとになった。元から畑は趣味だったが、自宅脇にある10メートル四方程度の畑で野菜を育てるのが、もっぱらの日課に。冬はほうれん草、ネギ、白菜、大根。夏はなすやトマト、きゅうり、スイカ。季節が巡るごとに、味も見た目も良い野菜が採れるようになってきた。料理は男性の担当だ。

今では作りすぎた野菜を近所に配りもする。しかし、出所当初はなかなか地域の輪に戻る勇気が出なかった。

そんな男性にコミュニティへ復帰するきっかけを与えてくれたのも、裁判で上申書を提出した自治会長だった。「いろいろな事情があって事件に至ったんでしょう。法的な制裁も受けている。温かく迎えてあげて、みんなで一杯やるかくらいの気持ちで良いじゃない」。自治会長の誘いで老人会のレクリエーションに参加するようになり、再び地域の輪の中に入っていけるようになった。

マスターズ陸上に誘われたのも、出所して間もなくのことだ。新聞広告で大会の存在を知り、自分より高齢のアスリートたちがはつらつと競技に臨む姿にひかれた。走っていれば、一緒にかけっこをした長男のそばにいられるような気がした。陸上競技での仲間も、たくさんできた。

地域や陸上の仲間の中に、事件のことを知っている人はたくさんいるはずだ。それでも、自分たちのことを受け入れてくれた。「人の温かさに救われた」と夫婦は思う。