アメリカにはパワーを分散させる余裕はない
トランプ政権の指針となる2018年の「国防戦略報告」は、「中国とロシアとの長期的な戦略的競争が最優先事項である」と掲げていたはずだ。とりわけ、いまのアメリカは、冷戦が終結して以降、最大の「戦略的ライバル」中国との覇権争いに踏み込んでおり、そのパワーを分散させるだけの余裕はない。
中国が最初に「戦略的好機」をつかんだのは、アメリカの最大の悲劇、中枢同時テロの「9・11」までさかのぼる。あのニューヨークにあった世界貿易センタービルへの航空機激突テロの発生で、当時のブッシュJr.政権は、国際テロ組織との「非対称戦争」に向かわざるを得なかった。
この非対称戦争に入るまでのブッシュJr.政権は、中国をいち早く旧ソ連なみの「戦略的競争相手」と位置付け、軍事的台頭を意識してある種の封じ込め政策まで視野に入れていた。それが「9・11」をきっかけとして、アメリカ軍がアフガニスタンからイラクに転戦したことで、中国には願ってもない展開となったに違いない。
この事態を受けて江沢民主席は、翌2002年の中国共産党大会で「2020年までの20年間が戦略的好機になる」と宣言したほどだ。アメリカ軍がアジア太平洋からいなくなった隙に、中国は安心して軍拡に着手した。すでにトランプ政権はTPPから離脱し、この間に中国が経済力と軍事力をつけて南シナ海の分捕りなど帝国主義的な行動をとり始めていた。
中国に“漁夫の利”を与えてはならない
いまアメリカがイランと軍事衝突を起こせば、過去20年と同じ優位性を中国に与えてしまうことになる。アジア協会政策研究所のナイサン・レバイン研究員によれば、ペルシャ湾で偶発戦争が全面戦争になれば、アメリカの相対的な後退により「中国の世紀の始まりになる」と警告している。
だからこそ、安倍首相は両者の偶発戦争を回避し、緊張を緩和させるための外交的一歩をテヘラン訪問で踏み出したのである。たった一度の訪問で、2つの軍事大国を仲介するような余地は限られる。首相はむしろ、ホットラインをもたないアメリカとイランの武力衝突回避のための交渉ルートの確立こそが重要であったはずだ。
したがって安倍外交の隠れた狙いは、まさに中国との覇権を争うアメリカン・パワーが中東情勢でそがれてしまわないようにすることだろう。アメリカとイランの軍事衝突によって、中国に「戦略的好機」という漁夫の利を与えてはならない。