「人間の徳」は高めていくことができる

ポジティブ心理学の創設者マーティン・セリグマンと、クリストファー・ピーターソンが提唱した「キャラクター・ストレングス・アンド・バーチューズ」という人間の徳の指標があります。

長い間、心理学では人間のポジティブな心理状態よりも、ネガティブな心理状態を対象にしてきました。生活に重大な影響を及ぼすからこそ、ネガティブな心理状態の研究が必要だったのです。

セリグマンらは、人格的強さや人間の徳という人間のよい面についても同様に基準を作り、研究する必要があると考えて、「キャラクター・ストレングス・アンド・バーチューズ」を提唱しました。

この基準は「DSM」と呼ばれる精神障害の診断と統計マニュアルに対照し、頭文字を取って「CSV」と呼ばれています。CSVによれば、人間には24種類の人格的強さ(勇敢であること、愛情があること、リーダーシップがとれること、創造性があること、思慮深いこと、審美眼があることなど)があるとされ、それらが6つの徳(勇気、人間性、知恵、正義、節度、超越性)に分類されています。

さまざまな経験を積み、積極的に「思い出す力」を高めることによって、このCSVも高めていくことができます。

「破滅的なものが偉い」は嘘

クリエイティブな仕事をする人たちの中には、「破滅的なものが偉い」という思想が根強くありますが、それは昔のことです。文明的にも文化的にも発達の途中で、とにかく駆動力が必要だった時代には、尖ったものが必要だったでしょうが、物があふれて、何もかも飽和状態の今は逆に、円熟の思想こそ求められています。

当たり前なことですが、破滅したら、少なくとも幸せにはなれません。「破滅的な人格の人が描く小説が面白い。破滅的でないと芸術家にはなれない」というのは、噓なのです。

私は『論語』の中にある孔子の言葉がとても好きです。

「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順(したが)う、七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず」

特に興味を持つのは、最後のところです。「70歳では、思うままに生きても人の道から外れることはなくなった」という意味です。

70歳になってやりたい放題しても倫理に反しないようになったとは、すごいことです。「一体どのように年齢を重ねていくと、そんなふうになれるのか」と、私は人生の中で繰り返し考えてきました。

これは、経験・反省・学習の繰り返しによって脳の回路のバランスが、ちょうどワインが熟成するみたいに円熟するようになることだと私は理解しています。円熟は、欲求がなくなることではなくて、すべてがバランスよく育ったために、脳の中に特に突出した回路がなくなることです。