ホンダの3代目社長を務めた久米是志から聞いた話で、岩井氏の印象に残るエピソードがある。1960年代後半、エンジン開発を巡る論争でホンダが揺れていた。「世界に通用するのは空冷だ」と空冷エンジンにこだわる本田に対し、「空冷は時代遅れ」として水冷を推す若手技術者が猛反発。社内は膠着状態に陥った。そこで藤澤は若手技術者が本田に直訴する場を設けた。「技術屋ではない自分には詳しいことはわからない。社長に直訴してみろ」というわけだ。このとき、本田に進言したのが久米だった。その説得を受け、ついに本田は水冷エンジンを認め、新たな技術開発の道が開かれていった。「若手が社長に進言する場を設けるとは、まさに名参謀にふさわしい」と岩井氏は称賛する。

将と参謀の関係は、組織のトップ経営層に限った話ではない

将と参謀の関係は、組織のトップ経営層に限った話ではない。例えば部長と課長の関係でも成り立つ。そのため、将と参謀、どちらのリーダーシップを目指すべきか、若いうちから考えるべきだ。岩井氏は、両者の資質の違いは30代には見えてくると言う。実際、自身も外資系企業の会社員だった30歳頃、2つのポジションを兼務した際に、得意なスタイルが見えてきたという。まったくタイプの違う2人の上司の要求を察知できなければ、膨大な仕事をさばけない。だが岩井氏は、上の立場の人間が求めることを、意外なほど難なく推し量ることができた。それで参謀に向いていると悟ったのだという。

もちろん現実には、自分の素養に合った人事にならないことも多い。本来は将の器でないにもかかわらず、予期せぬ巡り合わせ人事で、大勢の部下を率いる立場に据えられることもあるだろう。逆も然りだ。そうしたときに打つべき手は何か。岩井氏は「どうしても無理なら、そう申し入れるのが一番」としたうえで、次善の策として、自分の弱点を補強できる人を探すよう勧める。本田と藤澤の関係もまさにそうだ。経営面では藤澤に全権を委ねられたからこそ、本田は天才技術者としての能力を最大限に発揮することができた。「将なら参謀として自分を支える人材を、参謀なら自分を生かせる将を見つけるといい。どんな組織にも必ず両方のタイプがいるはずだ」(岩井氏)。

自分は将を目指すべきか。それとも参謀に徹したほうが大成するのか。自己分析の手助けとなるよう、アドラー心理学に基づいた適性診断テストを用意した。このテストを参考に、自分の得意なスタイルを見極めてはどうか。いずれのタイプだとしても、組織の舵取りを担う者同士、相互のリスペクトが欠かせない。「一方的に目上の人を敬う『尊敬』ではなく、必ずしも主従関係を意味しない『リスペクト』が大切」と岩井氏は説く。参謀から将に対してはもちろん、将も参謀をリスペクトすることで、初めて名コンビとして組織を導けるのだ。

岩井俊憲(いわい・としのり)
アドラー心理学カウンセリング指導者
中小企業診断士。1947年生まれ。70年早稲田大学卒業。85年ヒューマン・ギルドを設立し、代表取締役就任。カウンセリングや企業研修等を実施している。著書に『アドラー流リーダーの伝え方』ほか。