イギリスの「辞書の父」の本を書いていた祖父

【小倉】ところで、今回の本を出版した後に河野さんから衝撃のエピソードが(笑)。お祖父さん(石田憲次氏)が英文学の研究者で、しかもイギリスの「辞書の父」サミュエル・ジョンソン博士についての本も書かれているんですよね。このジョンソン博士という人は、ほぼ独力で『英語辞典』を編集した人で、シェイクスピアと並ぶ英国文学史の巨人です。

【河野】はい、京都に住んでいた母方の祖父が『ジョンソン博士とその群』という博士論文を元にした書籍を昭和8年に上梓しています。小倉さんから取材を受けたときに話せばよかったんだけど、あとになって思い出しました。祖父は研究社の『新英和中辞典』などの編纂に携わった岩崎民平さんとは生涯の良き友でもありました。

【小倉】本当に面白い偶然で驚きました。本にもジョンソン博士のことを書いたので、そこに河野さんのお祖父さんのことも入れられたらよかったんですけど。河野さんの本好きはそのお祖父さんからの影響をかなり受けられたんでしょうね。

辞書は「その時代の精神」も引き継いでいく

【河野】私は父方の実家が広島で母方は京都なんですが、育ったのは岡山です。休みのたびに両方を行ったり来たりしていました。京都の家では祖父が書斎にこもって朝からずっと本を読んでいる。孫が行っても関係なし(笑)。私はそういうおじいちゃんが面白くて素敵だなぁと小さい頃から思っていました。

だから、おしゃべりがしたくて朝の5時に起きて犬の散歩につきあう。そうすると、祖父が自分の仕事は「古いものを読みながら今に伝えることだ」なんて話をしてくれるわけです。内容を具体的に覚えてはいないんですが、小学校に入りたてのときに祖父から聞きかじった難しい言葉を使ったりして、担任の先生に驚かれました。

【小倉】「古いものを読んで今に伝える」ためには辞書が必要ですよね。今回の中世ラテン語辞書の価値も、まさにそこにあります。辞書によって引き継がれるのは言葉だけではなくて、その時代の精神もなのです。