光ディスクなどを製造するメディア部門のグループリーダーだったとき、2億円を調達して射出成型機を買うべく起業計画書を書いた。37歳だったと思う。
ところが、一読した当時の研究所長は、「おい、これじゃ全共闘の文章だ」。文面には“絶対やるべし”などと感情的な言葉が並んでいた。所長は、「本社の官僚的な組織にいる人間にこんなのを読ませたら、経営会議に上げてもらえるわけがないだろう。あくまで淡々と、事実だけ書け」と、計画書に赤字を入れてくれた。
論理のない情緒は、組織の中では意味をなさない。指示は、いかに論理的かつクールであるかが肝心で、数字も明確であるべきだ。
例外をつくらないことも、指示する際に重要なことだ。しかし、勝負と感じたときは、当人なりに解釈させて、例えば接待費も大きく使わせればいい。どんなに明確な指示を出しても響かない人は必ずいるが、関わるだけ無駄だ。パッと響く人に指示を集中させる。そのためには、ときに組織のラインを無視してもいい。自分の頭越しに指示が飛ぶようなら、憤るよりも信頼を得ていないことを恥ずべきだ。
事業部長だった頃は、「収益を上げろ」といった単純な指示でよかった。しかし、レイヤー(階層)が上がるにつれ、指示する相手の数も場面も増えるため、明確さや論理性に加え、カリスマ性や情緒性が必要となる。
2001年、三菱化学メディアの社長として同社の再建に挑んだ際は、赤字の事業を1年後までにROS(売上高純利益率)5%にするという不可能に近い目標を掲げた。これは数字の形をした情緒だった。ぬるま湯に浸かったカエルを飛び上がらせるには、ヘビを見せる必要があったのだ。ROSは翌期、15%に急伸した。ウオーム・ハートとクール・ヘッドは、両方とも不可欠なのだ。
今は、グループの総勢3万9000人に向けてイントラネットで月数回、文章を載せている。そのときも、「あなたたちはこの会社で何のために働いているのか」「この社会に何のために存在しているのか」をどう問いかければいいかに腐心している。今のような厳しい時代ならなおのこと、魂の入ったキャッチコピーを頭の中でつくる技術が必要だ。