紙の新聞は「幕の内弁当」である

知人の大手メディア関係者からネットニュースと比べて紙の新聞が優れている点は「視認性」にあるという話を聞いたことがある。その関係者はこう言い添える。

「新聞はいまこのタイミングで最低限頭に入れておくべき幅広い情報を『幕の内弁当』のように詰め込んでいて、短時間でそれらを仕入れることが可能です。また、ニュースの重要性を見出しの大きさで示しているため、読者にとっていま世の中で注目すべきものがすぐに分かるつくりになっています。さらに、新聞の記事はそれまで各社が培ってきた編集技術や校閲を通しているので、精度の高い文章になっているのも魅力です」

他方、ネットニュースの場合、読者が閲覧する情報に偏りが生じやすい。自分の興味のある事柄しか目を通さない傾向があるのだ。先の「幕の内弁当」のたとえでいうと、「卵焼きが好きなら、そればかり食べている」という状態に陥ってしまうわけだ。

その点、新聞は思いがけない分野の記事が目に飛び込んでくることで、興味や関心の幅を思いがけず広がることもある。こうした傾向は、ネット書店とリアル書店での「本探し」でも相通ずるものがある。

わたしの指導している子どもで新聞を購読している家庭の子たちに多く見られる共通点は、大人顔負けの幅広い知識を有していることだ。実は、このことが熾烈な争いが繰り広げられている中学受験を勝ち抜く条件でもある。

「国語」という科目は「総合科目」である。その文章(とりわけ説明的文章)は「理科」や「社会」などの他科目と横断しているような内容であることが多い。新聞を読む子の文章読解能力が高いのは偶然ではないのだろう。

大人のことばに早期から触れさせる意味

また、新聞を好んで読む子どもたちと、そうでない子どもたちの間の差は何か。それは語彙の総量である。

大人向けの新聞は小学生の子どもたちにとって難しいことばだらけであるし、読めない漢字も多く含まれている。だが、何度も何度も「同じことば」と出会うことで自然にそのことばを習得していく。

われわれ大人が通常用いる語彙の中で、辞書を引いて獲得したことばはほんのわずかだろう。

子どもたちは、新聞の記事の中に何度も登場するそのことばの意味をその前後の文脈から類推、判断していくのだ。そして、その連結語句までセットにして「自ら使えるレベル」にまで昇華させていく。

こう考えると、大人向けの難解な新聞を子どもたちが読むことには大きな意味がある。自身を振り返っても新聞で覚えた漢字や慣用表現、言い回しは確かに数えきれないくらいある。小学生時代のわたしは真っ先にスポーツ欄から目を通していたが、たとえば、「兆し」という漢字はプロ野球の往年の大投手「村田兆治」(ロッテ・オリオンズ)で覚え、「劇的」「援護」といった熟語の読み書きができるようになったのも、新聞でこれらのことばに出会ったからである。。

スポーツ欄のプロ野球コーナーでは「チーム勝率」「選手の打率」「投手の防御率」といったデータが並ぶ。また、見出しには独特の比喩や言い回しがしばしば登場する(朝日新聞2019.6.19付)

そんな話を塾のスタッフと話していたら、理系講師のひとりがこんなことを言った。

「プロ野球の勝率とか防御率とかゲーム差とかの意味は、新聞のスポーツ欄を日々眺めることで少しずつ理解できていったんですよね」