私鉄大手の東京急行電鉄(東急電鉄、東京都渋谷区)は5月、駅の券売機で現金を下ろせる「キャッシュアウト・サービス」を全国に先駆けて始めた。キャッシュレス化が進むタイミングで、なぜ現金サービスを始めたのか――。

駅の券売機で現金の引き出しが可能に

キャッシュアウト・サービスとは、小売店のレジなど銀行のATM(現金自動預け払い機)以外の機器を使って、銀行口座から預金を引き出せる仕組みのことだ。欧米では広く利用されているサービスだが、国内ではイオンが各店舗のレジで導入している程度。

東急電鉄はこれに、どの駅にも必ず設置されている「券売機」を活用した。6月現在で提携している金融機関は、横浜銀行とゆうちょ銀行の2行だ。

QRコードを券売機のリーダーにかざし、現金を引き出す様子(写真=東京急行電鉄株式会社提供)

利用方法は簡単。まず、自身のスマートフォンに、銀行の専用アプリをダウンロードしておく。現金を引き出したいときはアプリを起動し、引き出したい金額をタップ。金額は「1万円」「2万円」「3万円」の3パターンから選択できる。あらかじめ設定した暗証番号を入力すると、QRコード(※)が表示される。

※QRコードは(株)デンソーウェーブの登録商標

券売機に付いているQRコードリーダーにそのQRコードをかざせば、キャッシュカードなしで現金を引き出せるという手順だ。サービスを考案した同社のフューチャー・デザイン・ラボ事業創造担当プロジェクトリーダーの八巻善行氏によると、「慣れれば十数秒で操作できる」という。

対象は東急沿線の全85駅(こどもの国線、世田谷線を除く)にある計約300台の券売機で、利用時間は午前5時半~午後11時まで。各銀行が設定する手数料を徴収されるが、キャンペーン中の6月30日までは無料になる。同社がサービス開始後に調査したところ、全駅での合計取り扱い件数は、1日当たり100~200件で推移しているという。

券売機をゼロにできないワケがある

PASMO(パスモ)やSuica(スイカ)など交通系ICカードの普及が進んだことで、紙の切符を購入する場面は極めて少なくなった。しかし、「券売機は邪魔者」とも言い切れない事情が鉄道会社にはある。

東急電鉄の券売機の設置台数は、ピーク時の約10年前には600台ほどあったが、現在はその半分程度に削減されている。それでも「ここ数年は横ばいの状態。現金を使う人が完全にゼロにならない限り、券売機もゼロにはできない」(八巻氏)のだという。

キャッシュレス化が進む時代とはいえ、まだ過渡期だ。高齢者の中には現金を中心に生活をしている人も多い。クレジット機能が付いていたり、数千円以上の金額をチャージできたりするICカードを子どもに持たせるのは抵抗があるとして、あえて紙の切符を購入するケースもある。

「地域の生活に欠かせないインフラを担っているからこそ、『カードがないから』といった理由で乗車できない事態を生み出すことは絶対にできない」(八巻氏)