ブレジネフ書記長から「ダー」引き出した角栄
ここで思い出すのが、1973年10月に行われた田中角栄首相の、北方領土問題の解決と、日ソ共同声明のためのモスクワ訪問である。この時の訪ソでは、声明の中に北方領土問題をどう書き込むのかが最大の焦点となった。ソ連側が「領土問題は存在しない」という姿勢だったからだ。
田中首相は会談決裂を覚悟のうえで、北方領土の返還と戦後未解決の問題に関して「イエスかノーか」で即答を求めるなど、巧みな交渉技術で迫った。あいまいな合意で済まそうとするソ連側に、「戦後未解決の問題のなかに北方領土問題は入っているのか」と追求したのだ。その結果、押し黙っていたレオニード・ブレジネフ書記長から「ダー(イエス)」という回答を引き出すことに成功した。
はたして安倍首相に、田中首相のような気迫や交渉技術は備わっているのだろうか。実務レベルの交渉にあたる外務省の担当者の交渉技術も問われる。
交渉相手の金正恩委員長の交渉技術がどの程度なのかは不明だが、外交交渉のシナリオを作っている北朝鮮外務省のペースに乗せられてしまったら、日本側が満足する結果が出ないことは火を見るより明らかだ。
日本には「経済援助」ぐらいしか交渉カードがない
米国のように軍事力を背景にした交渉が行えない日本は、経済制裁が唯一の交渉カードといえる。しかし、経済制裁の強化はこれ以上無理だ。トランプ米大統領は拉致問題に理解を示しているが、米国の軍事力を背景に日本が北朝鮮と交渉するわけにはいかない。
つまり、日本には手持ちの交渉カードがないのだ。残るは大規模な経済援助というアメをチラつかせるしかないが、これは国民が納得しないだろう。
拉致被害者5人と家族5人の帰国を実現させた小泉首相の2度目の訪朝は、7月の参院選の直前だった。各社の世論調査によれば、共同通信68%、朝日67%、読売63%、毎日62%と、6割以上がこの訪朝を「評価する」と答えている。
このように、日朝首脳会談はわずかでも成果があれば、政権の支持率上昇につながる。安倍首相が対北朝鮮政策を対話路線に転換したのは、悪いことではない。しかし、北朝鮮側が何の反応も示していないため、今後、北朝鮮の態度の軟化につながるかどうかはわからない。