熊本県の南阿蘇鉄道は、2016年の地震で被害を受け、現在も10駅のうち5駅は不通になっている。そんな「列車の来ない駅」の清掃を、地元の人たちがボランティアで続けている。なぜこのローカル線は、それほど愛されているのか。現地を取材した――。
「午後の紅茶」のCMにも使用された車両と根子岳。(写真提供=南阿蘇鉄道)

「午後の紅茶」のロケ地は無人駅

小さな駅舎を背に、若い駅員とベテラン運転士が、目線を合わせて安全を確認し合う。白い手袋をつけた右手を顔の前でかざすと、運転士の人さし指が、進行方向を指さした。

「出発、進行」

ゴトゴトと列車が滑り出した。阿蘇高森町から西へ延びる南阿蘇鉄道の東端、高森駅を出発した。乗客は筆者ひとりだ。

南阿蘇鉄道は、阿蘇山系という円の内側、東南に位置する高森駅から北西に向かって17キロ、高森町と南阿蘇村を走るローカル線だ。老人が3人、畑から手を振っている。

ほどなく、おっとりと列車が止まった。小さな無人駅「見晴台駅」だ。キリン「午後の紅茶」のCMが撮影されたことで有名なのだと、運転士がマイク越しに案内してくれた。

運転士が指さし確認を済ませると、列車は動き出した。(撮影=三宅玲子)

「さ。どうぞ」

運転士から白いヘッドホンとマフラーを差し出された。CMに登場する10代のヒロインになり切る小道具だ。

「今日はお客さん、ひとりですからね。特別サービスですよ」

すすめられるままホームに立ち、車両と一緒にスマホに収まってみた。

――豊かな湧き水で知られる「南阿蘇白川水源駅」には、牛肉を使った弁当が人気で、チャペルを模したかわいらしい「阿蘇白川駅」では、昨年、駅舎でカップルが結婚式を挙げたんですよ。

懇切丁寧なアナウンスを聞きながら車窓からの景色に目を奪われているうちに、折り返しの中松駅についた。出発した南端の高森駅から4駅、7.1キロだ。ここから先、終着の立野駅まで5駅10.6キロ区間は、2016年4月の熊本地震以来、現在も不通が続いている。

2022年の全線開通をめざして復旧工事が続く

「地震直後は全線不通となり廃線を覚悟しました」

運転士の飯原正一さんは言った。全面復旧をめざし、いまは運転士、車掌、駅員の3役をローテーションで担当している。地震後、社員は15人から8人に減った。

少しずつ復旧し、現在は高森駅と中松駅の間を1日3往復。平日の午前11時半出発の第2便に乗った筆者は、1人目の乗客だった。見るからに赤字路線である。

しかし、平成29年12月、政府は復興予算として70億円を閣議決定、2022年の全線開通をめざして復旧工事が続いている。