患者さん本人を目の前にすると、顔色から、機嫌から、臭いから、いろんな感覚的情報が入ってきます。これ、医者にとっては邪魔なんですよ。そういうものを「ノイズ(雑音)」と呼んでいます。
このような人間の情報化・数値化。これについて考えるきっかけになったある出来事があります。
ある日、銀行に行ったときのこと。手続きの途中で、本人確認の書類を求められました。あいにくその日、運転免許証を持っていなかったんですよ。それで「僕、今日は免許証、持っていません」と事務員の人に言いました。すると相手がなんて言ったか。「困りましたね。養老先生本人だとわかってるんですけどね」と。僕の顔を見て言ったんです(笑)。
私本人だってわかっているのに、本人確認の書類が要る。要求されたのは、生身の私ではなく、情報としての私だったんです。銀行にとってみると、本人はノイズでしかない。
生身の人間は、ノイズを含みすぎている
マイナンバーに抵抗感がある人も多いですよね。個人情報を悪用されたらどうするのかなど、さまざまな理由があると思いますが、しかし根本の問題は、生身の私と、情報としての私の折り合いが、まだ社会的に決着していないことです。
今の社会は、情報、つまり意味しか求められていない社会。それが情報化社会の正体です。でも、生身の人間は、いわばノイズを含みすぎています。
現代の若者は、ノイズを嫌います。面と向かって人間と接するよりSNSのほうが好きなのも、これに関係しているはずです。会社では若い社員が課長にメールで報告をする。同じ部屋で働いているのに。課長の顔を見たくないんですよ。ノイズがいっぱい詰まってますから。もし、機嫌が悪かったら嫌だ、なんて。仲間同士でも、メールで話す。本人の顔を見ると余分な情報が入ってきてしまいますから。これが本質です。
もう1つ医療の話をしますと、薬やサプリメントを飲むことは、何の差し支えもないと思っているんですよ。だいたいプラシーボって、ようするに偽薬ですけど、これも薬だと思って飲むと4割ぐらいの人には効果があると、はっきり証明されています。それに本当に病気だったら、飲めば効くわけですから。薬もサプリも、飲んだほうが具合がいいと思えば、飲めばいいのではないかと、私はそう思っています。
ちなみに、私はどうかというと、薬もサプリも飲みませんね(笑)。
ただし、薬でいちばん注意しなければいけないのは、体の中の滞留時間が長いものです。「1錠飲んだら1週間効く」という薬は、飲まないほうがいい。例えばマラリアの予防薬がそうです。1週間、血中濃度を保ちます。この薬に仮に副作用があると、大変なことになりますよね。気をつけましょう。