歯医者を選ぶとき、治療の値段だけで決めていないだろうか。ジャーナリストの岩澤倫彦氏が格安インプラント・クリニックに患者として潜入し、その実態を暴いた。
歯医者なのに、お得キャンペーン
「この歯は抜くしかない」
歯科医からこう告げられた患者にとって、インプラント治療は極めて魅力的だ。入れ歯は老けて見えるし、ブリッジは両隣の歯を大きく削ることになる。インプラントなら、以前と同様の外見と機能を取り戻せるうえ、他の歯を削る必要もない。
ただし、インプラントは基本的に自由診療なので、歯科医の「言い値」。首都圏のクリニックでは、1本あたりの手術費用を40万円前後に設定しているところが多い。
保険診療が低く抑えられている中で、インプラントはクリニックにとって、大きな利益を得られる数少ない治療法なのだ。
一方、デフレ時代を反映するかのように、東京や大阪などの大都市で急増しているのが、格安インプラント・クリニック。相場の半分以下の費用設定で、患者数を伸ばしているが、インプラントが抜け落ちるなどのトラブルも多発している。
そこで私は、格安クリニックを覆面調査した。正面から取材を申し入れても、いい部分しか見せようとしないだろう。
選んだのは、インターネットで「施術数・累計3万本」「1本7万円~」と宣伝している東京都内のクリニックだ。JRの駅改札から徒歩1分。ラーメン店、寿司屋、カフェ、格安チケット店、キャバクラなどがひしめくカオスな界隈に、その格安インプラント・クリニックはあった。
幅約4メートル、5階建ての細長いビルのドアを押して、中に入る。すると、目の前にハシゴのような急勾配の階段があった。幅も狭い。隠れ家のような不思議な造りだ。
2階に上がると、受付カウンターには、無愛想な中年女性スタッフが2人、待ち構えていた。電話予約をしていたことを告げると、ニコリともせずに問診票を手渡された。
細長く狭い待合室には、2人の先客がいた。内装にお金をかけていないことが一目でわかる。壁には奇妙なポスターが貼られていた。
「ご家族・ご友人をご紹介下さい」
紹介者には1万円の商品券をプレゼント、患者は手術費用から1万円割引になるという。普通の医療機関では、まず見かけない“お得な紹介キャンペーン”だった。