さて、入社6年目、今度は私が新人の指導員になりました。自分の経験から、厳しい“先生”であると同時に、どんな相談も持ち込める“良き兄貴分”でもありたいと考えた私は、節度は保ちつつ、その新人と親密なコミュニケーションを図るように努めました。

人を指導するうえで絶対不可欠なのは、やはり十分なコミュニケーションでしょう。順番から言えば率先垂範が一番大事です。しかし、それだけでは不十分。

「黙って俺についてこい」「背中を見て理解しろ」では限界があります。率先垂範に加えて、「なぜ、私はそう命じるのか」「これをやる目的は何か」を十分に説明することが必要です。いわば、バスをみずから運転しつつ、ガイドも怠らない熱心な案内人でなければなりません。

このことは、89年、米国住友商事のデトロイト駐在となったときも痛感しました。42歳。その地で鉄鋼製品を拡販する役割を担っての赴任でした。

現地では、ある人物を採用しました。拡販のためには、ローカルな事情に通じている優秀な人材を雇い、その人物を核にして商売を展開するのがいいだろうと考えたからです。約半年かけて選考し、採用したのがAさんでした。

当時Aさんは鉄鋼の問屋で販売の責任者をしており、鉄鋼ビジネスに関しては長年の経験とプライドを持っていました。一方、私も入社してすでに20年。30代にはロサンゼルス駐在も経験済み。入社以来ずっと鉄を扱い続けてきた自負もあります。しかも、2人はほぼ同年代。

「辞める」という部下がなぜ翌日戻ったのか

そういう2人が上司・部下として組んだ結果、両者の間に激しい議論が生じました。ビジネスの取り組み方について、考え方に大きな違いがあったのです。

彼は問屋で販売の責任者だったとはいえ、その役割は、仕入れ担当者が仕入れて店にストックしてあるものを、一生懸命売りさばくというものでした。