脳内むき出し1m95cmのロボットが般若心経を唱える

マインダーは身長1m95cmのロボットである。顔面から胸部、両手はシリコン製の皮膚で覆われているが、脳内や胴体は機械がむき出しだ。マインダーは無表情ではあるが眼球は動き、まばたきもする。仏像というより、どちらかと言えば生身の人間に近い。

従来の仏像は声を発することはない。だが、マインダーは般若心経を唱え、般若心経が説く「空」についての法話をしたり、音楽や映像(プロジェクション・マッピング)を流したりする。冒頭、マインダーは機械音でこのように自己紹介する。

「観音菩薩である私は、時空を超えて何でも変身することができる。ご覧の通り、人々の関心を集めるアンドロイドの姿であなたたちと向き合うことにした」

高台寺は記者会見で、「釈尊入滅(※編注:釈迦の死去)後、500年ほどがたち、仏像が造られるようになって仏教が爆発的に広まった。その後2000年間、仏像は黙し続けたが、仏像は変化する時期を迎えている。動き、語りかけてくれるアンドロイド観音によって仏教の教えが現代の人々に伝わっていってほしい」と語っている。

般若心経を唱えることができる(撮影=鵜飼秀徳)

2500年の仏教の歴史で見る「1億円ロボット観音」

補足のために、少し仏像の歴史をひもといてみる。実は仏像の起源はよくわかってはいない。2500年前、釈迦が仏教を開いてしばらくは、仏教は法の継承がすべてであり、偶像崇拝はなかったとされている。

だが、紀元前1~2世紀頃、インド・ガンダーラでブッダを理想化した仏像が造られ始めた。そして、各地の宗教性や風土、時代を繁栄した如来・菩薩・明王・天部などのさまざまな仏像ができあがっていく。

6世紀、朝鮮半島の百済の聖明王(せいめいおう)から1体の仏像が日本にもたらされた。この日本最初の仏像は、一光三尊阿弥陀如来像と呼ばれるものだ。文字通りひとつの光背を背にして、中央に阿弥陀如来が立ち、右脇に観音菩薩、左脇に勢至菩薩が並ぶ独特のスタイルをとる。

この一光三尊阿弥陀如来像は、当時の有力な権力者である物部氏と蘇我氏が仏教受容をめぐって争った際、運河に投げ捨てられるなどの憂き目に遭っている。その後、発見されて信州に運ばれ、寺が建てられた。それが長野・善光寺である。善光寺は7年に一度の御開帳が有名だ。ご開帳の際に拝むことができるのが一光三尊阿弥陀如来像の身代わりとして造られた前立本尊である。日本最古の本尊は絶対秘仏とされ、この1300年以上、誰の目にも触れていないという。

前回の御開帳は2015年春。善光寺如来の功徳を求めて、700万人超の参拝客が押し寄せ、大変なにぎわいとなった。まさに「ありがたい」仏様である。