私はそれまで自分を「ラジカルな改革者」と思ってきましたが、大学改革を進めているうちに、「実は自分は改革者ではなく『改善者』ではないだろうか」と気がつきました。それは「今ある枠組みの中で物事を良くしていく」という公務員の職業柄かもしれないのですが。

そこで読者が60歳前後に新しい組織で再スタートする場合のことを考えてみましょう。この年齢のビジネスパーソンなら、私の経験からも、改革を目指すより改善を目指したほうが現実的だと思います。その組織に前からいる人たちに受け入れてもらいながら、様子を見つつ、5%、10%と少しずつ物事を変えていくのです。ゼロからスタートするなら起業したほうが早く、それには40代、50代のほうが向いています。

60代の強みは、組織の内外に元同僚や高校・大学の同級生、勉強会で一緒だった人など、知り合いが多い(ゆるやかな人的ネットワークができている)ということです。しかも60代なら、同年代の知人・友人は組織のトップなど第一線で活躍していることが少なくないはずで、そういうネットワークを生かすことができれば、あなたは新しい組織の中で特別な役割を果たせます。

官庁や大企業など大組織にいた人がセカンドキャリアで小さな組織に移ると、「都落ち」したようなネガティブな感情を持ってしまいがち。私も退官直後は自分が無力になった気がして落ち込むことがありました。しかし大組織に残った友人と自分を引き比べて卑下してしまうより、「自分には力のある知り合いがいてラッキーだ」と前向きに考えるべきです。

セカンドキャリアでそれまで築いたネットワークを維持するためには、過度に謙虚になってはいけません。自分を貶めず等身大で、「前の会社ではこんなプロジェクトをやった」「苦しいときもがんばり通した」という感覚でいいと思います。

それまでいた会社で普通のサラリーマンだったとしても、会社の外に出たら元いた会社や業界について周りの誰よりもよく知る立場になります。それも強みの1つです。

私は30代の頃に客員研究員としてハーバード大学に留学しましたが、そこにはいろいろな国から来た人がいて、当然ながら自分の国については他の誰よりもくわしいわけです。私自身も日本の女性や家庭については「私が一番よく知っている」という顔ができたものでした。

本学では13年に、ビジネスの現場にいる人に任期つきの研究員として来てもらう「現代ビジネス研究所」を設置しました。ここはハーバード大の仕組みをお手本に、企業人が本格的なセカンドキャリアを考える前の「止まり木」的な存在を目指しています。50代、60代を中心に約90人の研究員が在籍していますから、研究所内で交流するだけでも、ひとつの企業、ひとつの業界にいるだけでは身に付かない広い視野が得られるだろうと思います。

坂東眞理子(ばんどう・まりこ)
昭和女子大学理事長兼総長
1946年、富山県生まれ。富山中部高校、東京大学文学部卒業。69年総理府入省。男女共同参画室長、埼玉県副知事、在豪州ブリスベン総領事などを歴任。現在、昭和女子大学理事長兼総長を務める。
(構成=久保田正志 撮影=遠藤素子)
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