「わずらわしいまち」を再構築する市長

2016年6月に「ニッポン一億総活躍プラン」が閣議決定された後、厚生労働省を中心に、地域住民や地域の多様な主体が「我が事」として参画し、世代や分野を超えて「丸ごと」つながること地域づくりを行う「地域共生社会」の取り組みが推進されている。推進のための第1回全国サミットが、2018年10月に長久手市を会場として開催されたことは示唆的である。それは、長久手市が今後の地域課題を先取りしつつ、地域の課題を地域住民の参加によって自ら解決していく方向性を模索している点に求められるだろう。

もちろん、住民参加に期待することが現実的なのかという疑問も浮かぶ。実際、長久手市の自治会加入率は、2004年の60.3%から2017年には53.8%に減少し、愛知県内最低の水準である。特に人口増加が進む名古屋市に隣接する西部地域では4割を下回っている。

近隣関係など地域コミュニティ基盤の弱体化が進む中で、住民の参加、支え合いのしくみに期待を寄せることは無謀にも見えてしまう。こうした問題に対して、長久手市の目指すあり方を、吉田市長は「わずらわしいまち」を再構築させるのだと表現する。ここには、住民参加を掛け声に終わらせないための、一見するとネガティブなひびきを持つ「わずらわしい」関係をあえて前面に打ち出すことで、住民たちが協力するためのしくみづくりを施策として進める意図が込められている。

「まちづくり条例」のPR動画はラップ調

その取り組みの一つとして、各小学校区の地区社協では、地域参加の少ない住民層に向けて、地域福祉学習会や、主に高齢者を対象としたサロンから子ども食堂まで、多世代の住民の課題を把握し、住民自身がその問題を解決していくための組織づくりを展開している。こうした取り組みにおいては、支援をするという働きかけだけでなく、住民が共同して問題を解決し支援する側へと転換することが意図されている。

また、障碍者の就労支援を中心に、子ども食堂をはじめとするさまざまな地域活動を展開するNPO法人楽歩のように、専門家だけではなく、当事者も地域住民も共にまちづくりに参加するための基盤を地道に追及している活動もある。さらに、こうした活動は、地域住民以外の参加にも広がっている。

市内には愛知医科大学、愛知淑徳大学、愛知県立芸術大学、愛知県立大学という専門性が異なる4つの大学がある。市内に通学する大学生を合計すると約1万3000人で、市の人口の2割程度の規模となる。長久手に通学してくる大学生を巻き込み、大学生のボランティア活動を地域との活動につなげ、まちづくりに生かすための「長久手市大学連携推進ビジョン4U」の取り組みが進行中だ。

このような住民参加のまちづくりを進めるための制度的な基盤が、2018年7月に施行された「長久手市みんなでつくるまち条例」である。条例の施行後、まち詩「さかそう ながくて じちのはな」という楽曲がつくられた。作・編曲やボーカルは名古屋学芸大学の森幸長准教授で、市のサイトではPR動画をみることができる。説明文には「このPR動画には、36の団体等の約590名の市民のみなさんが出演しています。皆、ラップ調のリズムに乗りながら、楽しく歌を口ずさんでいます」とあり、市は住民参加の象徴として位置づけている。

まち詩「さがそう ながくて じちのはな」のPR動画の画面キャプチャ(画像=PR動画よりプレジデントオンライン編集部作成)

現在最も若い地域である長久手市のまちづくりから見えてくるのは、地域のコミュニティ基盤が弱まる中で、新たにその再構築を進めることによって、将来の深刻な課題解決を先取りするための布石である。人口増加や大型商業施設の生み出す活気ある賑わいに目が向けられがちであるが、今後の地域社会のあり方を考える上で注目すべきは、現在進行中の、そして将来爆発的に向き合うことになる課題の解決に取り組む地域の動きと、その足取りのリズムにあると思われる。

松宮朝(まつみや・あした)
愛知県立大学教育福祉学部 准教授
1974年生。北海道大学大学院文学研究科博士後期課程中退、同助手を経て、2001年より愛知県立大学に勤務。社会学・地域社会学専攻。愛知県長久手市の地域福祉計画、大学連携推進ビジョン策定にもかかわる。共編著として、『トヨティズムを生きる』せりか書房(2008年)、『食と農のコミュニティ論』創元社(2013年)、分担執筆として「地域コミュニティにおける排除と公共性」金子勇編著『計画化と公共性』ミネルヴァ書房(2017年)など。
(写真=時事通信フォト)
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