最近話題になった泉房穂・前明石市長による暴言辞任問題や、麻生太郎財務相の「子供を産まない方が問題」発言、桜田義考五輪担当相の「がっかりした」発言。これらを受けて、いつものように発言者への非難が沸き起こったが、一方で意図的な「切り取り」を行う報道に対しても批判の声が高まった。政治家の暴言やパワハラ問題をどう考え、どう解決するかが問われている。プレジデント社の公式メールマガジン「橋下徹の『問題解決の授業』」(2月19日配信)から抜粋記事をお届けします――。

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なぜ僕は辞任すべきと言い切ったのか

泉前明石市長は、暴言が明らかとなってから数日後に市長辞任という形で責任をとった。しかし、Vol.138(【明石市長辞任(1)】気に入らない政治家は非難し、仲間は擁護する「人権派」のダブルスタンダードはここが問題)の冒頭に添付した泉前市長と職員のやり取りの詳細を基に、泉前市長を擁護する声も強かった。

確かに泉前市長が怒る気持ちは分かる。でも、何らかの理由があることによって、「火を付けて来い!」「捕まってこい!」などの上司の部下に対する言葉が、公然と社会的に許されることになってしまえば、これまでセクハラ・パワハラをなくしていこうとしてきた社会の取り組みが全て水泡に帰してしまうんだよね。

特にセクハラ・パワハラをなくしていこうと、そのような言動に対して厳しい態度をとってきた人に限って、泉前市長を擁護していたことには驚いたけど、このようなことはいわゆる「人権派」に多いパターンだ。

※写真はイメージです。(写真=iStock.com/taa22)

セクハラ・パワハラ問題を単純・抽象的な「人権問題」として扱ってしまうと、泉前市長がいわゆる「人権派」に位置付けられていたことから、人権派は仲間意識で泉前市長をどうしてもかばってしまうんだよね。

この人権派仲間の身内意識は凄いんだ。仲間だと思えば徹底的に擁護するし、自分たちの敵だと思えば徹底的に攻撃する。そこには、どういう言動は批判すべきで、どういう言動は擁護すべきなのか、という言動自体に「ライン」が設定されることはない。仲間かどうかというラインが設定されるんだよね。

言動自体へのラインではなく、仲間かどうかのライン。ここが、暴言問題を適切に解決できない根幹の理由だ。要するに、本来は、嫌いな奴であってもその言動自体を守るべきときは守ってあげ、好きな奴であってもその言動自体を批判すべきときは批判しなければならないのに、人の好き嫌い、仲間かどうかで、守るのか批判するのかを決めてしまっていることが、暴言問題への批判がいつもグダグダになってしまう理由なんだ。

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セクハラ・パワハラ問題を批判するには「言動に一定のラインを引く」対処を

泉前市長の暴言を擁護した人たちは、セクハラ・パワハラ問題の本質を理解していなかった。さっきも言ったけど、単純、抽象的な「人権問題」として扱ってしまっていたからだ。

セクハラ・パワハラ概念というのは、事の真相は別として、とにかく言動に一定のラインを引いて、ダメな言動はダメとすることによって弱者を救済するというもの。

この「事の真相は別として」というのがポイントなんだよね。

組織内での上下の関係があったり、組織外であっても一定の強者・弱者の関係があったりすると、弱者側は強者側にきちんとモノを申せない。この関係が一番怖いんだ。

上の者・強者は、意図的に、そして意図せず、下の者や弱者が嫌がることをやってしまう。だって下の者・弱者は「NO」と声を上げることができないんだから。これまで「NO」と言わないことは「YES」だと解されてきたことに、セクハラ・パワハラの悲劇があった。下の者・弱者は、上の者・強者からの性的な言動を我慢し、言葉による威圧、場合によっては暴力行為までも我慢しなければならない環境。もちろん「NO」と言える社会を作ることは重要だ。それでも弱者が強者に「NO」というのは現実難しい。

ゆえにこの下の者や弱者を徹底的に救済するために、徹底的に上の者・強者の言動を厳しく取り締まっていこうというのがセクハラ・パワハラ概念だ。

このときに、事の真相はどうだったのか、本当に下の者・弱者は嫌がっていたのか、そうなってしまった具体的理由はなかったのかなどの背景事情を探るようなことはしない。そんなことをしても、下の者や弱者は嫌だったという感情やNOの意思を示すことはできないし、いちいち背景事情を確認する手間暇も膨大なものとなって現実的ではない。

だから事の真相、背景事情を探ることなく、下の者や弱者が何らの声を上げなくても、ダメなものはダメと上の者や強者の言動に一定のラインを引いて取り締まるのがセクハラ・パワハラ概念だ。繰り返すが、事の真相や背景事情は関係ない。上の者・強者のある言動だけを「切り取り」、ダメなものはダメと断罪することによって、下の者・弱者を救済するという知恵こそがセクハラ・パワハラ概念だ。

ゆえにセクハラ・パワハラで断罪すべき時は、むしろ背景事情などを考えてはいけない。上の者・強者のある言葉だけを取り上げ、ダメなものはダメと断罪しなければならない。ある意味、言葉の一部切り取りをすることこそが、セクハラ・パワハラ概念によって弱者を救済する本質である。

上の者・強者のある言動だけを一部切り取ってチェックする。

確かに、このような一部の言葉尻だけ捉えて糾弾されることは、言葉を発した方からすれば、言葉狩りに委縮してしまう窮屈な社会に感じるかもしれない。僕もそう感じている。しかし弱者救済のためには、上の者・強者を多少委縮させてでも、徹底して上の者・強者の言動を取り締まらなければならないという時代の要請には抗えない。

この視点からすると、泉前市長の暴言は、やっぱりアウトだ。どんな理由、背景的事情があろうとも、あのような暴言を簡単に許すことはできないだろう。先ほどから述べているように、セクハラ・パワハラ問題ではむしろ言動に至った理由、背景事情を探ってはダメなんだ。

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(ここまでリード文を除き約2200字、メールマガジン全文は約1万3600字です)

※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.140(2月19日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【明石市長辞任(2)】僕が泉房穂・前市長に対して「辞任すべき」と言い切った理由》特集です。

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