競争力のある報酬を提示しなければ、人材は集まらない

しかし、1990年代初頭の資産バブルの崩壊以降、わが国の発想は限界に直面した。特に、経済のグローバル化が進んだことは大きい。それによって、わが国は中国をはじめとする新興国企業などとの競争を強いられてきた。環境変化のスピードも加速化している。わが国企業は、その変化にうまく適応できず、競争力は低下した。

変化に適応するためには、新興国経済の動向や各国の法制度、経営戦略、ファイナンスなどさまざまな専門家を登用し、彼らが活躍できる環境を整えなければならない。グローバル化が進むにつれて、専門家を登用する重要性は高まるだろう。

当たり前だが、優秀な人材は、引く手あまただ。そうした人を招き、実力を発揮してもらうためには、競争力のある報酬を提示しなければならない。それが、専門家のモチベーションを高め、新しい取り組みを進めてより高い成長を目指すインセンティブにもなる。

JICは従来の発想からの脱却を目指していた

民間出身のJIC取締役らは、これまでの官民ファンドの運営からの脱却を目指した。2000年代に入り、新興国企業の台頭などを受けて多くの国内企業の経営が悪化した。それを救済してきたのが、JICの前身である産業革新機構だ。同機構は、産業に革新を起こすよりも、競争力を低下させ自力での経営再建が難しい“ゾンビ企業”の延命を行ってきた。

産業革新機構が投資してきたジャパンディスプレイは経営再建が難航し、中国企業からの支援を受ける可能性が高まっている。また、産業革新機構が行ったベンチャー企業への投資では、回収された案件の8割程度が損失を発生させていた。対照的に、産業革新機構ではなく台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下に入ったシャープの経営再建は順調に進んできたと評価できる。

JICの経営に参画した専門家の顔ぶれを見ると、銀行業、アカデミズム、企業経営、法律などの分野で実績と経験を重ねてきたメンバーがそろった。彼らには、従来の官民ファンド運営の発想では、わが国のイノベーションを促進することはできないという、危機感があった。その上で、産業界にリスクマネーを供給し、イノベーションが発揮されやすい環境を整備することが目指された。産業革新機構と同じ轍(てつ)を踏むことはできないという経営陣の決意、意気込みはかなり強かったのである。

特に、投資ファンドがスタートアップ企業の将来性などを評価する“目利き”の役割を果たすには、かなりの専門知識と経験がいる。専門家を招き得意分野での実力を発揮してもらうために相応の報酬を支払うことは欠かせない。