『坂の上の雲』の主人公はいうまでもなく秋山好古、真之の兄弟、そして正岡子規です。3人とも伊予松山藩の貧しい士族の子どもたちでした。しかし、志は実に大きい。真之は「うまれたからには日本一になりたい」と子規に語っています。事実、兄の好古にならって軍人の道に進んだ真之は、日本海海戦での「T字戦法」を編み出して、バルチック艦隊を撃破するという見事な働きをしました。兄の好古も最強を誇ったコサック騎兵を打ち破っています。

おそらく秋山兄弟は、陸軍士官学校、海軍兵学校在籍時から、「いかにすれば、日本という国が列強に負けないか」を常に考えていたのでしょう。言い換えると、日本の存続に向けた自分たちの役割を考え、そして行動していたのです。その「当事者意識」があればこそ、苦しい勉学も辛い訓練も乗り越え、結果を出していけたはずです。

主人公の3人にかぎらず、文庫版で全8巻という『坂の上の雲』で描かれる群像は綺羅、星のごとくです。戦費調達のために外債を募った高橋是清、講和に腐心した小村寿太郎……。彼らも日本の存続に向け強い当事者意識を持っており、おのおのの持ち場で全力を尽くした。

折に触れて何度か読み直してきた『坂の上の雲』ですが、直近で再読したのは17年でした。16年にローソンの社長に就任してから1年後です。そこで思ったのが、「会社も同じだ」ということでした。

経営トップや管理職だけでなく、現場の一人ひとりが「お客さまが望んでいることは何か」という当事者意識を持たずして、会社の存続はありえません。もちろん、持ち場によって役割は変わってきますが、そのなかで各自が長所を思う存分に発揮してほしいのです。そうすることではじめて輝いている社員が増えていき、会社の存続に向けた基盤も強化されていくのです。

未知の時代や場所へ誘ってくれる読書

秋山兄弟のファンの方が多いようですが、本書の登場人物のなかで私は、正岡子規に一番惹かれています。彼は結核という当時は不治の病に侵されます。たぶん、幼馴染みの真之のように活躍したいという葛藤もあったはず。しかし、しっかりと前を向いて、病床で俳句革新運動に取り組むところが魅力的です。

子規は友人に「いまの歌よみどもには負けるわけには参らない」と書き送っています。最期まで志を失うことなく、未来に残せる俳句を考え続けました。彼を慕う高浜虚子らが、その遺志を受け継いで俳句を発展させ、秋山兄弟に勝るとも劣らない功績を文化の面で残しているわけです。