――どのような場面で役に立つか
【松本】『道をひらく』には幸之助さんの言葉が全121篇に収められています。一篇一篇に共感・共鳴でき、とても味わい深いです。例えば、「なぜ」というタイトルの項目。子どもは、心が素直でいつも一生懸命。わからないことがあると熱心に「なぜ」と何度も問う。それを聞いて物事の本質にいきつき日一日と成長してゆく……。幸之助さんは、その「なぜ」を大人もすべきであり、そうした姿勢が繁栄につながると書いています。
僕も昔から、この「なぜ」をよく使います。社員から業績に関する報告などを受けたとします。その「結果」に対して、「なぜ、そうなるの?」とその社員に聞きます。返ってきた答えに、再び「それはどうして?」と問い、その返答にさらにもう1回。最低3回は聞かないと、事実が見えない。僕の「なぜ」と聞く癖は、おそらくこの本の影響でしょう。幸之助さんが言うように、子どもは何にもとらわれませんし、変な思い込みや固定観念もない。だから、こんなことを聞いたら恥ずかしい、バカだと思われるのは嫌といった気持ちもない。遠慮なく聞くから学びも多いのです。
一方、多くのビジネスパーソンは「なぜ」と聞くことに躊躇する。かといって、本当によくわかっているかといえば、わかっていない。知ったかぶりをせず、あえて「なぜ」と問うべきことは仕事上いくらでもあります。それを怠ると《きょうはきのうの如く、あすもきょうの如く、十年一日の如き形式に堕したとき、その人の進歩はとまる》と幸之助さんは書いています。何歳になっても「なぜ」の精神こそが成長の糧なのです。
【小宮】私が、現場で働くビジネスパーソンに読んでほしい篇は、「勤勉の徳」です。内容は、そのタイトルの文言の通り、勤勉のすすめです。何かが起きれば、巨万の富を築いていても形あるものはいつか滅びる。けれども、生ある限り、自分に身についた「技」や「習慣」は失われない。そのために常に勤勉であれ、と松下さんは説いています。不断の努力の積み重ねで「徳」が生まれると。多くの読者はこの考えに納得するでしょう。
しかし、「勤勉の徳」とは何か。私は、この篇の肝は、この一文にあると思っています。
《勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む》
現代のビジネスパーソンや若い経営者は、勤勉さの実践の向こう側に「富」を見ていることが多いと感じます。自分が懸命に働くことは、「収入」につながると。
それは間違いではありませんが、収入や富は、あくまで最後の最後にもらえるご褒美なのです。大事なのはまず働くことの喜びを知ること。仕事が楽しくない人で成功した人を私は知りません。働く喜びを知り、そのことで顧客や会社の仲間にも喜んでもらう。信用が生まれる。そうしたプロセスを経て、「収入」「富」が自分にやってくる。今の人は、働けば稼げる、稼ぐために働く。そうした短絡思考は「徳」につながらないと感じます。