カショギ氏の殺害事件をめぐって、デタラメな対応ぶりで国際的な信用を失墜させたのがサウジだ。当初、サウジ政府は「カショギ氏はその日の午後に領事館を出た」と主張して事件への関与を否定していた。その後、トルコ側の捜査の進展とメディアへのリークで事件時の音声データなど証拠の存在が明るみになってくると、サウジ政府は一転して領事館内でカショギ氏が死亡したことを認めて、「偶発的な喧嘩で殴り合った結果、死亡した」と発表した。ところが、その数日後にはサウジ検察が「計画的な犯行」を認める声明を出している。説明を二転三転させて国際社会の批判を浴びながら、それでもサウジはムハンマド皇太子の関与だけは絶対に認めない。サウジ政府はすでに実行犯グループを含む18人を容疑者として逮捕、ムハンマド皇太子の最側近とされる政府高官の更迭を発表したが、「皇太子は何も知らなかった」としてトカゲの尻尾切りで乗り切る構えだ。

今後、ムハンマド皇太子の関与や責任がどこまで明らかになるかは不明だ。当人が強権支配するサウジで真相解明が進むとは到底思えない。しかし、今回の事件は「改革の旗手」と言われ次期国王の呼び声高い皇太子の仮面をひん剥いて、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と何ら変わらない非道な独裁者の顔を世界に知らしめた。33歳という年齢も金委員長と(ほぼ)同じだ。サウジといえば豊かな石油資源のおかげでアラブの穏健派というイメージがある。しかしロシアのアフガニスタン侵攻に対抗するためにウサマ・ビン・ラディンらを援助してアルカイダをつくらせたり、周辺国の反政府組織を裏で支援してIS(イスラム国)に育て上げたりしたのは、シーア派の拡大を嫌うスンニ派の盟主サウジなのだ。そうしたサウジの闇の一端が垣間見えた事件でもある。

一方で事件の真相解明に熱心なのがトルコだ。エルドアン大統領は「殺害はサウジ政府の最高レベルからの命令だった」と断じたうえで、決定的な証拠となる音声データをサウジと米独英仏の5カ国に配ったと語っている。“決定的”な音声データがあるということは現場の総領事館を盗聴していた可能性が高いわけで、トルコも相当な食わせ物だ。しかもエルドアン大統領といえば、ある意味でムハンマド皇太子以上の独裁者であり、国内では人権や表現の自由を散々踏みにじってきた。そんな指導者が「正義を追求し、すべての真実を明らかにする」と宣言しても、額面通りには受け取れない。

またエルドアン大統領は、アメリカ在住のイスラム教指導者ギュレン師を16年のクーデター未遂事件の黒幕と断定して、アメリカ政府に引き渡しを求めてきた。人質代わりにアメリカからトルコに移住して布教活動していたキリスト教福音派の牧師をギュレン師との関係を理由に軟禁したのだ。このためにアメリカとトルコの関係は悪化し、トランプ政権はトルコに対する輸入制限を強化していた。しかし、先般、トルコ政府はこの牧師を一方的に解放した。トランプ支持層には福音派が多く、牧師の解放は中間選挙への影響が大きい。トランプ大統領としてはトルコとの関係改善を模索していたタイミングで、今回のカショギ氏殺害事件が起きたのだ。