画期的な「条件反射制御法」

――どういった治療法ですか?

これはもともと、薬物やアルコールなどの物質使用障害(摂取をやめられない障害)の患者に対する治療法です。

薬物でもアルコールでも、使用障害に陥った人は、自分では摂取する行動をコントロールできません。ちょうど梅干しを思い浮かべるだけでよだれが出てしまうのと同じで、手が伸びてしまうのです。ストーカーの場合も、相手のことを思うだけで、衝動的に会いに行きたくなってしまう。刺激と欲求の入出力、この反射連鎖が定型化すると連鎖の中断時に非常な苦しみに見舞われます。会いたくて仕方ないのに会えない摩擦は、ストーカーが抱えている大きな苦しみです。条件反射制御法は、脳トレによって定型化した条件反射を外します。欲求が低減するので行動制御が可能となるのです。

警察庁が国内外に向けて行ったストーカーに対する精神医学的・心理学的アプローチの調査研究を見ても、ストーカーへの治療的アプローチはカウンセリング、怒りの感情をコントロールするためのアンガーマネジメント、感覚とイメージに働きかけるマインドフルネスなどの精神療法であり、確たる「治療法」は私の目には見当たりませんでした。

ストーカーの中には心理に関心がある人も少なくなく、自分でカウンセリングに通っていたり、マインドフルネスを被害者に勧めていたりするのを見ると、それらが決定的な効果があるとは思えませんでした。実際、私もやってきましたが、それでもストーカーをやめられない人はいる。そんな中で、条件反射制御法は世界に先駆けてストーカーを治す、まさに画期的な「治療」法だと思います。

平井医師のもとで入院治療を受けた元ストーカーの治り方は、カウンセリングで回復した人とは驚くほど違います。カウンセリングで回復した人は、「もう付きまとわないと決めました」「自分の感情をコントロールします」など決意を表明するのですが、治療を受けて治ったストーカーは「そういえば、そんな人もいたなあ、というくらいに関心が減りました」とか、「会いたいとは思わないですね」「怒りは消えました」と言うので、本当に驚きました。私が下総精神医療センターへの入院までつなげたストーカーは20名ほどですが、彼らのほとんどは、相手のことで頭がいっぱいになり、仕事や学校をやめていました。ところが治療を完了すると、被害者への関心と接近欲求が低減し、自然に思考のゆがみも正されて、13週間の入院と退院後の自宅での維持作業を継続している人は、全員、就職・復学できています。

被害者の代わりになって話を聞く

――ストーカーの多くは、カウンセリングによって思考のゆがみを正していけば、ストーカー行為をやめられる。そして残りの、やめられないストーカーも、条件反射制御法という治療でほぼ治療できる。ストーカー規制法などで取り締まるだけでなく、こうした治療を受けさせることでストーカー行為をやめさせたり、再犯を防いだりできると。

それはそうなのですが、現状ではストーカー対策は取り締まりだけに頼っており、治療につなげるのが非常に難しいのです。警察庁は2016年から警告を受けたストーカーに対して医師への情報提供を勧め、治療への道筋をつける試みを始めていますが、多くは治療につながらないのが現状です。私のところでも、ストーカー行為をしている本人に、ストレートに「カウンセリングを受けなさい」「治療を受けなさい」と言っても、まず受け入れてもらえません。もともと、自分は間違ってはいないと信じ込んでいる人たちです。ましてや警察から、「あなたは病気かもしれないから精神科医に診てもらうべきかもしれない」と言われて、素直に行く人はまれでしょう。

実は、私とのやり取りもストーカーはカウンセリングとは思っていないのです。私はストーカーたちが執着している対象である「被害者のカウンセラー」であり、そのカウンセラーには関心が持てる、だから対話が始まるのです。関係は私と被害者の関係が切れても続きます。2カ月、3カ月、半年とやっているうちに、被害者を追いかける意識・姿勢が、自分自身の内面をサーチする意識・姿勢へと転換していくのです。