「地球は丸く、草は緑だ。すべてうまくいく」
テニスは過酷なスポーツである。特にシングルスは、いったんコートに出たら1人きりで、相手と対峙し、審判や観衆を味方につけなければならない。そこでは、「勝利を目指す(Play to win)」気持ちや行動を支える、安全基盤(セキュアベース)が必要になる。セキュアベースとは何か。
ジョージ・コーリーザーほか著『セキュアベース・リーダーシップ』(プレジデント社)より
大坂選手には、あの試合で少なくとも3つの大きなセキュアベースがあったと思う。1つ目のセキュアベースは、コーチだ。サーシャ・バイン氏(ドイツ出身、33歳、男性)である。
彼が専属コーチとして昨年12月に就任してからの大坂選手の戦績はすばらしい。大坂選手も決勝後のインタビューの中で、バイン氏について聞かれると、「彼に会えば、彼が本当によい人だとわかると思います。彼は前向きで、楽観的で、それが私には大切です」と笑顔で答えている。一方、バイン氏も「彼女はすごく完璧主義的で、自分自身を責めすぎるし、自分自身に厳しすぎる。だから私は真逆でなければ、と思う。『大丈夫だよ。地球は丸く、草は緑だ。すべてうまくいく』って伝えるようにしている」と語っている。
彼女にとってバイン氏は、弱気、後ろ向き、自責的になりがちな自分を、常に「勝利を目指す」マインドセットに向けてくれる存在だ。それは、セットの合間に直接アドバイスをくれるときだけではない。1人でコートにいなければならないとき。自分で自分に何かを言い聞かせるしかないとき。そのときの言葉のひな型を提供しているのが、コーチなのだ。
高い目標というセキュアベース
2つ目のセキュアベースは、「グランドスラムを取る」という目標そのものである。
決勝前のインタビューで、「セリーナと全米の決勝で戦うことは夢だった」と語る大坂選手に対して、記者が、夢の中ではあなたは勝ったのか、と聞いた。そのときに大坂選手は、「自分が負ける夢を見ることはない」とはっきり言った。また、試合後のトークショーにインタビューでは「勝つチャンスがある、と思わずに試合をすることはない。だから心の中では、勝てると思っていた」と語った。決して、無欲の勝利などではない。
「グランドスラム全制覇、世界ナンバー1、五輪で金メダル」を目標にしている、とも言う。大きな目標が彼女を支えているのだ。ウィリアムズ選手の猛抗議に背を向け、耳をふさぎ、この試合に勝つことに自分の「心の目」を向け続けることは、簡単なことではなかったはずだが、この目標があったからこそできた選択だったと思う。