カルピスの素は馬乳酒ではなく牛乳だった

【星野】一昨年、三島が旅した内モンゴル自治区の北にあるモンゴル国に行きました。めちゃくちゃよかったです。馬が大好きなので。

【山川】乳製品はどうでした?

乳製品をつくるモンゴルの女性(撮影=山川徹)

【星野】私が飲んだのは馬乳酒ですね。ウォッカ入りのカルピスウォーターって感じで、感動しました。

【山川】確かに飲みやすいからぐいぐい飲んで大変なことになる(苦笑)。

【星野】実は、この本を読むまで、カルピスの素は馬乳酒なんじゃないかと思っていました。でもカルピスは牛の乳なので、馬乳酒とは違う。

【山川】そう。カルピスの原料は牛乳です。三島が最初に食べたと思われる乳製品が、牛乳を発酵させて作ったジョーヒ。モンゴル国ではズーヒーとも呼ぶらしいです。

【星野】それは、残念ながら食べていませんね。食べたかった!

【山川】作り方はとてもシンプルで、モンゴル遊牧民のゲル(中国ではパオ)に置かれた瓶に牛乳を入れておくんです。すると2、3日後には表面に膜が張る。これをすくい取って食べる。無味無臭の生クリームみたいですが、砂糖と煎った粟を混ぜて食べるととてもうまい。

【星野】三島さんが「これは王者の食べ物だ。これさえ食べていれば、病にもならない、年もとらない。不老不死の妙薬に遭遇した気がする」と言っていますよね。それがとてもいい話だなと思って。私自身、乳製品が大好きなので、そう言った気持ちがよくわかる。

草原で動物とともに生きるというモンゴルへの幻想

【山川】子どもの頃から病弱だった三島は元の時代にユーラシア大陸を征服したモンゴル人の健康と力強さに憧れていたようなんです。だからみんなが軍馬や羊毛を求めてモンゴルに行くなか、三島は乳製品に着目した。

【星野】モンゴルにわたったたくさんの日本人のなかで、乳製品に感銘を受けたのは三島さんだけだったのかもしれませんね。それに短絡的な金儲けではなく、国民の健康という長い目で見た利益を求めた。そこが、面白いと感じました。

【山川】乳製品を食べて体調が快復した三島は世話になったモンゴル遊牧民に乳製品の作り方を教わります。調べていくと、彼が遊牧民にとても歓待されて、愛されたのが分かる。

【星野】遊牧民は家畜を連れて移動するでしょう。だから自分たちも客になり、自分たちのもとに客もくる。だから客人を迎え入れるホスピタリティが自然に備わっているのではないでしょうか。私もモンゴルでそう思いました。

【山川】いま内モンゴルでは中国政府の政策によって、かつて自由だった移動が制限されています。さかのぼれば、三島の時代には漢民族の定住化が徐々にはじまっていた。定住化が進むと家畜が同じ草原の草ばかり食べるから草原が荒れ果てて、砂漠化が進んでしまう。これも詳しく書きましたが、モンゴル人研究者が、三島が旅した100年前の草原に憧れると話していたのが印象的でした。

【星野】失われたモンゴルということですね。私が行った草原でも怪しげなレアアースの開発が進んでいました。草原が掘り起こされると遊牧民は追い出されてしまう。あとは急激に増えたお金持ちが草原でパーティーを開いていた。モンゴルっていいなと思った反面、ものすごい勢いで変化が起きているとも感じました。

【山川】でも日本人はいまだにモンゴルといえば、草原で動物とともにおおらかに生きる人々というイメージが根付いている。

【星野】モンゴルに対する幻想ですよね。