なぜ誰も「待った」をかけなかったのか

携帯電話業界からすると、正に驚天動地の出来事だったわけだが、驚くべきは、このM&Aに関して、どの当局も「待った」をかけなかったことにある。なぜか?

吉川尚宏『「価格」を疑え』(中公新書ラクレ)

まず総務省。周波数免許付与時の制度設計に欠陥があったために、そもそもM&Aに「待った」と言える法的根拠がなかった。

というのも、総務省の設定した免許付与時の条件には、「900MHz帯の免許を受けた事業者が700MHz帯の免許を取得してはならない」とは書いていなかったし、「900MHz帯の免許を受けた事業者が700MHz帯の免許を受けた事業者を買収する場合、周波数の免許を返還しなければならない」などとも書いていなかった。

なお海外では、携帯電話会社間でM&Aが起こる場合、付与した周波数ライセンスの返納を求めたり、M&Aを認めなかったりする場合が多々ある。しかし総務省に関して言えば、M&Aに対して全く無防備であり、ある意味では「お人好し」だったのである。

公取も所轄官庁に判断を任せた可能性

さらには、公正取引委員会も全く反応しなかった。

詳しい解説は省略するが、企業の寡占度を図るものにHHI(ハーフィンダール・ハーシュマン・インデックス:各社の市場占有率を二乗した和)という指数がある。

日本の公正取引委員会の指針によると、もとのHHIが2500を上回っている場合、HHIの増分が150を超えると、審査の対象になる。

そしてこのソフトバンクによるイー・アクセスの買収について、あらためて筆者が推計してみれば、買収前のHHIは3432、買収後は3582で差分はちょうど150。つまり競争政策の観点から見れば、公正取引委員会の審査対象であったのに、である。最近でこそ公正取引委員会は、いわゆるGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)への規制にも熱心だが、これはここ数年間の傾向だ。あくまでの筆者の想像だが、従来は所管官庁(この場合は総務省)に競争状況の評価や寡占性の判断を任せていたのではないかと思われる。

海外では独占禁止法の観点から、携帯電話会社間のM&Aの是非が審査されることが頻繁にある。

たとえばイギリスには現在、4つのキャリアが存在するが、2015年、キャリアのうちの1つThree(Hutchison 3G UK)が別のキャリアであるO2の買収を提案している。

それに対して、欧州委員会は「買収の結果、イギリスの消費者の選択肢が少なくなり、料金は高くなり、モバイル分野におけるイノベーションを阻害してしまうことになろう」と買収を却下している 。