心の中にいる「あこがれの異性」が自分を成長させる

思春期においては、誰でも「あこがれの異性」という存在を持つものだと思う。それは、アイドルかもしれないし、映画のスターや歌手かもしれない。あるいは、最近では、アニメのキャラクターということもあるかもしれない。

秋葉原に「会いに行けるアイドル」AKB48の劇場やカフェ、ショップがある。(AFLO=写真)

「あこがれの異性」は、どんな意味を持つのか。

大好きなアイドルに、ファンだったら、お近づきになりたいと思うかもしれないし、うまくすれば、お付き合いしたいと思うかもしれない。

しかし、そのような「恋愛対象」としてのあこがれの異性のあり方には限界もある。アイドルとお付き合いできるファンは、いたとしても「宝くじ」に当たるようなものだし、そんな奇跡の出会いに期待して生活を組み立てても、多くの場合は失望に終わる。

アイドルは、実際に恋愛するときの1つのモデルケース、心の練習と見ることもできる。それでも、実際にお付き合いする相手が、あこがれのアイドルと似たタイプがいいかというと、どこか違う気がする。アイドルのコンサートに行ったり、グッズを買ったりするためにがんばるという説明も、十分ではないと感じる。

人間の脳の働きからアイドルのようなあこがれの異性を説明する際にヒントになる概念がある。それは、現代に至るまで大きな影響を与え続けている分析心理学の創始者、カール・ユングの唱えた「アニマ」や「アニムス」の考え方である。

ユングは、人間の深層心理には、「影の自分」があると考えた。そして、「影の自分」の中に、いわば理想化された異性が存在すると考えて、それを「アニマ」(理想化された女性)、「アニムス」(理想化された男性)と呼んだ。

人間は成長するために、アニマやアニムスを必要とする。理想の異性像は、現実にお付き合いするという対象ではなく、むしろ、自分自身の反映なのである。