「一見さんお断り」の古き伝統を守り、人々の羨望の的であり続ける、京都のお茶屋。一流の男たちの素の姿を熟知する花柳界の女の、やさしくも厳しい眼差しに学ぶ。

お酌する徳利の角度で、お酒の量がわかるんです

生まれも育ちも京都五花街の1つ、祇園甲部。お茶屋「京屋」を今も切り盛りするてる子さん。80歳超とは到底思えぬ明快な受け答えと声の張り。祇園の女将、さすがの貫禄である。

――花柳界の方は、どうやって礼儀作法を身につけていくのですか。

てる子さん●本名・吉田久枝。1937年、京都府生まれ。16歳で舞妓、19歳で芸妓に。93年、母親の死去とともにお茶屋「京屋」女将を継承。祖母も戦前のお茶屋「八久」女将。バー「ぎをんてる子」も経営。

私は三代目なんですよ。お祖母ちゃん、お母ちゃんときて、私はここで生まれ育ったんで、習わんでも母がやることを、言葉遣いから、ご飯のいただき方、箸の持ち方まで自然に覚えました。お座敷マナーも、マニュアルがあるわけではないので“見覚え、聞き覚え”ですね。

例えば、お座敷に出ると、徳利がありますやろ。お酌するときの角度で、お酒の量がわかるんです。角度が高くなったら、お姐さん(先輩の芸妓)のとこにささっと寄って「どうぞ」と言って新しい徳利と取り換えます。そうしたら「あの芸妓さん、気が利いてええ子やわ」となります。花柳界では「あんなことしたらあかん」「こんなことしゃべったらあかん」というのも多いんで、そういうのも自然に身についていきます。祇園町っていうのは、みんなが見てはるさかい、よれよれの格好ではいかんし、ちゃんと身奇麗にして歩かなあかんのです。これも教えてもらってそうするんやなくて、ここで生きてく必須の心得みたいなもんで、自然に身につくもんやと思います。

――お座敷には、どういう方たちがお見えになるのですか。

京都はお茶道がありますさかい、裏千家、表千家をはじめ、数寄屋造りの大工さん、京菓子の有名なお菓子屋さん、京都の大きい会社さんなんかも来はります。

昔はバーやクラブなんかもないですし、遊びっていうたらお座敷だったんです。言わば、遊びの原点です。ご紹介がないと入れへん「一見さんお断り」のシステムなんで、お茶屋で遊びはるお客様は行儀がいい人ばかり。おさえるところはちゃんとおさえてはります。会社の人は先輩や上司の方に連れてきてもらったり、親、子、孫、曾孫まで代々お座敷に来てくれはる方もいます。下の世代は上の世代の方の振る舞いを目で見て覚えたり、花柳界を愛してくださった方に教えられたり、それが順々に繋がってきたんやと思います。

芸者としては「今日のお座敷は、華やかでよかった」というお座敷にせないかんのですけど、私たちを、上手に扱ってくださるお客様やと、こっちも上手におもてなしができるんです。思いやりも言葉遣いも相乗効果みたいなもんで、お座敷が和やかな雰囲気になるんですね。