結果、17年度のフリーキャッシュフローは約34億ドルの赤字に。最終損益は過去最大の、19億6140万ドルのマイナスを計上しました。CEOであるイーロン・マスク自身もこれは想定外の事態だったようで、会見では、こんな地獄は二度と経験したくないと本音を漏らしています。

しかし私はイーロンにとっては、これも、彼の壮大なミッションを成し遂げるために必要な産みの苦しみなのではないかと思っています。彼の使命は、「人類を救済する」という、にわかには信じがたいスケール感のもの。当然のことながら、その「ヒーロー」を待ち受ける「デーモン」が強力なのは当然でしょう。

テスラは「ダーウィンの海」を越えられるか

目下の課題は、「モデル3」を思惑通り量産できるかどうか。飛ぶ鳥を落とす勢いだったテスラがここにきて足踏みをしているように思われます。筆者の専門領域であるストラテジー&マーケティングの観点からは、現在の不調を次のように解釈できます。

イノベーションのプロセスには「魔の川、死の谷、ダーウィンの海」という3つの関門があるとされています。それぞれ魔の川は研究から開発の、死の谷は開発から事業化の、ダーウィンの海は事業化から産業化への障壁を指しています。

これまでテスラは、イーロンの強烈なミッションを原動力とし、EV車の研究、開発までは完全に業界をリードしてきました。研究を研究だけに終わらせず、具体的な製品の開発につなげることで魔の川を越え、その製品をユーザーに届けるためのマーケティング戦略とバリューチェーンを構築することで死の谷を越えてきたのです。

ここまでのノウハウは、全てオープンにされており、中国のEV車メーカーに後発者利益が発生しています。上記のプロセスで言えば、中国勢に死の谷までを渡る「魔法」を伝授したのがテスラなのです。それがなければ、いくら政府が支援しているとはいえ、中国で60社を超えるEV車の完成メーカーが誕生することはなかったかもしれません。

ハードがまだ「従来のガソリン車の延長」にある

しかし、量産車の事業化に際しては、論理的に考えても、テスラは厳しい状況に立たされると予見できました。テスラにはEVを量産するノウハウが欠けている。これは完全自動運転車の「手前」の段階にあるクルマを作っているからでもあります。言い換えると、まだ「IT×電機・電子」の要素が十分ではない。ハードがまだ「従来のガソリン車の延長」にあり、そのため量産化においても従来の自動車産業のテクノロジーを必要としているのです。

超高級車ならばスマートファクトリーでロボットを組み立てるように作れたのかもしれませんが、大衆車を量産しようとすると、従来のノウハウが足りないのです。逆に言えば、これまでテスラにおされていたGMやフォードに逆襲する目があるとしたら、そこです。